2015/04/04

【けんちくのチカラ】実験演劇の拠点「芝居砦・満天星」とイラストレーター 宇野亜喜良さん・新宿梁山泊代表 金守珍さん

東京都中野区の古いマンションの地下2階に、アングラ芝居を打ち続ける小屋「芝居砦・満天星」がある。劇作家・唐十郎さん、その演劇空間である紅テント(唐組)の流れをくむ劇団「新宿梁山泊」のけいこ場兼劇場である。墓地の前の入口を降りて行くと、斜面に建つためか劇場にたどり着くまで空間の作為に戸惑う。ロビーでは、劇団の女優・渡会久美子さんが衣装にミシンをかけていた。彼女が一人で衣装をつくるのだという。代表の金守珍さんは、この空間をほぼ一人でセルフビルドした。ほとんどが自前の演劇工房。最新作は「自慢のトイレ」だと笑って話す。客席より広い舞台は、時間、空間に制約のないぜいたくな実験演劇の拠点だ。10年ほど前から美術などで金さんと深くかかわるイラストレーター・宇野亜喜良さんの「マジック」が、この空間をさらに異次元へと誘う。宇野さんと金さんの試みを満天星の舞台で対談してもらった。写真は唐十郎作『風のほこり』の舞台セット。左奥に見えるのがこの作品のために設けた螺旋階段(美術:大塚聡+百八竜、写真:鹿野安司)。

宇野亜喜良さん
宇野さんは1960年代、寺山修司の劇団「天井桟敷」の舞台美術、宣伝ポスターなどで一時代を画した。新宿梁山泊の女優・水嶋カンナさんが立ち上げた実験劇団「プロジェクト・ニクス」を中心に、寺山作品の上演で、戯曲への「新しい言葉」の添加や斬新な舞台美術を取り入れ、「もう一つの」寺山修司を発信し続けている。宇野さんが引き出す寺山の本質とも言える叙情的なメタファー。そこに、唐組の血肉を全身にまとった金さんの演出が加わる。
 寺山修司のほか、唐十郎さん、あるいはシェークスピアの演目が、宇野さんと金さんの深慮遠謀で化学反応を起こし、思ってもみないドラマに生まれ変わるのだ。その実験が繰り返されるのが「芝居砦・満天星」の空間だ。地下2階に劇場、ロビー、喫茶、楽屋、美術セット制作スペース、地下1階に美術セット収納スペース、居室などが備えられている。実験を経た芝居は、新宿梁山泊の演劇空間「紫テント」や小劇場などに送り出される。

金守珍さん
金さんはこう話す。
 「10年ほど前、新宿梁山泊の女優の水嶋カンナが宇野さんの作品に惚れて、寺山の『かもめ』という作品を上演したのがぼくと宇野さんの仕事での出会いです。構成、美術、ポスターをやっていただいたのですが、この満天星のけいこ場でどんどんアイデアを出してもらいました。宇野さんが作られるすばらしい人形もこの舞台で使いました。人形が乱暴されるシーンがあって、何と空中でバラバラにしちゃったんです。悔しさ、悲しさの思いをそんな表現にした。アイデアが次から次に出てきました」

◆寺山作品に宇野氏のイマジネーションを挿入する試み
 宇野さんは「『かもめ』はあまりにもメルヘンチックな話だったので、寺山の短歌や詩人の名言など、原作にはない言葉を加えたり、美術で視覚的に再構成したんですね。例えば揺れるボートの上でセリフを言ったり、都会の風景が描かれた回転ドラムを背景に朗読するとか。人形を使ったのは、寺山がアングラでは否定していた叙情性のようなものを持ち込む一つの手段です。寺山が『犯罪劇』にした『星の王子さま』の再演も人形を使って同様の試みをしました」と語る。
 金さんは「宇野さんとぼくら劇団の作業の一つは、寺山修司の作品に宇野亜喜良の持っているイマジネーションを挿入することによって、劇的な化学変化を起こすこと。初演の再現ではないので、古くないわけですよ。『宇野マジック』で思ってもみなかったドラマというか、ロマンが生まれるんです」と分析する。

客席から見たセットを組む前の舞台。奥行きがあり、作品によっては奥の壁の先も
開けて使う
宇野さんもこう話す。
 「金さんがイメージを広げてくれて、寺山のいろいろなモチーフが金さんの文体に入っていくわけです。唐さんの世界が身体に染み込んでいる金さんの演出がアダプテーションされるところが面白いですね。元々の前衛劇の中に叙情的な話や言葉を混ぜ込むと、それが意外に寺山修司らしかったりするんです」
 芝居砦・満天星の命名は、芝居砦が唐さん、満天星がシェークスピア研究で著名な演劇評論家の小田島雄志さん。シェークスピアは『ロミオとジュリエット』、『ハムレット』などを上演している。

◆名演を生んだ仕掛けの数々

バックのパネルは宇野さんが描いた寺山修司作『伯爵令嬢小鷹狩掬子の七つの大罪』
のセット
この空間では数々の名演が生まれているが、その中でも2010年に上演された寺山の『伯爵令嬢小鷹狩掬子の七つの大罪』は、金さんも宇野さんも強く印象に残る舞台の一つだ。
 宇野さんは「ラスト近くで、金さんが舞台の途中に設けた扉を開ける演出をして、外につながるさらに奥も見せるわけです。客席の2倍くらいの奥行きがあるぜいたくな舞台です。その遠景に月のオブジェを掲げて、床には奥から水を入れまして、客席のすぐ手前まで水面にしました。そこに月が映るんです。きれいでしたね」と振り返る。

唐十郎作『少女仮面』の舞台セット(美術:宇野亜喜良、写真:鹿野安司)
唐さんの戯曲『少女仮面』では、舞台を防空壕にした。金さんは「地下で展開する話ですから、この空間はリアリティーがあります。そこに宇野さんが素敵な防空壕をつくってくれました」と話す。
 舞台全面に水を張る大胆な演出や防空壕をつくってしまう自由さは、思考を解除しない本物の実験劇場といえるだろう。
 同じく唐さんの戯曲『風のほこり』は、唐さんが新宿梁山泊へ「あて書き」したもの。『少女都市からの呼び声』とともに重要な作品として上演を重ねている。『風のほこり』は、水が滴り落ちる芝居小屋の地下の文芸部屋が舞台。この作品のために、満天星に鉄骨のらせん階段を設置した。
 金さんは「『少女都市からの呼び声』が特に象徴的ですが、唐さんの作品はどれも子宮、胎内に回帰していくんです。この満天星の空間は、宇野さんもおっしゃっていますが胎内そのものと言っていいのではないでしょうか。奥行きがあるぜいたくな空間ですが、天井は低い。狭い空間でこそ、唐さんのスペクタクル性が発揮されると思っています」と指摘する。
宇野さんはこう話す。

「この場所は金さんの頭脳の一部のようになっているのだと思います。ここに初めて来たときに、1960年代に流行った四次元小説、位相幾何学的な感じがしました。建物が斜面に建ち、正面と裏で土地のレベルが違うからなのでしょうね。ドアを開けると時空を超えた別世界がある、そんな空間に思えました。上等な作品が生まれる一つの要因かもしれません。駅から歩いて少し距離があるのですが、ここまで来て見た感動は他では味わえないものです。その代わり、ミスったら取り返しがつきませんけどね(笑)」

 金守珍(きむ・すじん)1954年生まれ。東京都出身。東海大学電子工学部卒業。蜷川スタジオを経て、唐十郎主宰「状況劇場」で役者として活躍。蜷川と唐という「アングラ小劇場」の代表とも言うべき演出家から直接に指導を受けた。その後、新宿梁山泊を創立。旗揚げより新宿梁山泊公演の演出を手掛け、テント空間、劇場空間を存分に使うダイナミックな演出力が認められている。2001年日韓合作映画「夜を賭けて」で初監督。日本映画監督協会新人賞を受賞している。

 宇野亜喜良(うの・あきら)1934年名古屋生まれ。名古屋市立工芸高校図案科卒業。日本デザインセンター、スタジオ・イルフイルを経てフリー。日宣美特選、日宣美会員賞、講談社出版文化賞さしえ賞、サンリオ美術賞、赤い鳥挿絵賞、日本絵本賞、全広連日本宣伝賞山名賞、読売演劇大賞審査員特別賞等を受賞。1999年紫綬褒章、2010年旭日小綬章受章。東京イラストレーターズソサエティ会員。

■「芝居砦・満天星」について
 東京都中野区の古いRC造のマンション地下2階、地下1階、地上1階(事務所スペース1室)を使った演劇集団「新宿梁山泊」のアトリエ。1998年にこの場所に移転した。地下2階の劇場兼けいこ場、地下1階の美術セット収納スペースなどほとんどの空間が、劇団代表の金守珍さんのセルフビルドで造作された。2000年の『吸血姫』(唐十郎作)が、この劇場で観客を入れての初演。以降、唐十郎、寺山修司、シェークスピア作品など十数作品を上演、構成、美術、演出の面から実験的な試みを続けている。
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