特定非営利活動法人美し国づくり協会(進士五十八理事長)は6月22日、東京都文京区の文化シヤッターBXホールで第2回「美し国づくり景観大賞」の表彰式と講演会および意見交換会を開催した。その概要を紹介します。
◆美し国づくり協会理事長 進士五十八氏
きょうは佐賀と鎌倉から受賞者においでいただいていますが、佐賀は佐賀らしく、鎌倉は鎌倉らしくという地域性はとても大事なことで、それぞれの集団にそれぞれの個性があると思います。それぞれのスタイルというのはとても大事なのですが、日本の近代は、高度成長とか、とにかく敵を意識してやっていくと、1つにそろえて力をつけることが必要だったのです。いまは成熟社会ですから、みんなが一色になるのではなくて、多様な色が上手にハーモニーをつくって豊かさというものを見せる時代だと思います。
当NPOは、日本の素晴らしい歴史、文化、自然というものを土俵に置いて、豊かな日本をつくることを目標にしています。そして、新しい成熟社会の日本のありようを目指して、みんなで素晴らしい例を褒めて、アピールして、模範になっていただいて、それが日本中に広がることを期待して、昨年度「美し国づくり景観大賞」表彰制度を創設、今回は2回目に当たります。きょうお集まりの皆さんは、受賞者の方からお話をじっくりとおうかがいして、それをそれぞれに発信して、それぞれの地域に素晴らしい花を開かせていただければと願っております。
■講演会
【22世紀に残す佐賀県遺産 佐賀県副知事・副島良彦氏】
「都市の街路は、必ずせまくて、折れ曲がっていて、一つひとつのブロックが短くなければならない。街をつくっている建物が古くて、そのつくり方もさまざまな種類のものがたくさん交ざっている方が、住みやすい」。これは、米国のジェイコブス氏の言葉ですが、佐賀県遺産の思想を語っています。
大川内山、トンバイ塀、のこぎり状の長崎街道。こういう地形のところで技術が流失しないような形でまちなみがつくられたということが、いまにしてみればすごい景観になっています。またトンバイ塀は、有田焼を塀に貼り付けるという当時はごく当たり前のことが、いまでは文化的なものになっています。
佐賀県遺産は45カ所ありますが、地域によって物語がある、地域の宝だと思う人たちが周りにたくさんいます。そういうところを大切にしていきたい。また、建造物は、文化財などの指定を受けますと、力を入れて保存されていきますが、地域の宝である建物が佐賀県内にたくさんあります。そういうものが壊されていくことに対して非常に危機感を覚えまして、『22世紀に残す佐賀県遺産』制度をつくったのです。そして、物語と一緒に、佐賀県の宝物として引き継いでいきたいと考えているところです。
そのためには、貴重だから残すだけではなくて、必要な機能として残す。使われていく地域の宝であり続けるということを念頭に建造物を活用して、地域の思いをつなげていく制度です。今回の表彰を励みに次のステップ、次のステージに移っていきたいと心から強く念じています。
【肥前浜宿における佐賀県遺産の保存活用に向けた取組 NPO法人肥前浜宿水とまちなみの会事務局長・中村雄一郎氏】
『佐賀県遺産』ができたのは2005年ですが、その前に「佐賀の美しい景観」という制度があり、肥前浜宿も認定していただきました。肥前浜宿は06年に国の重要伝統的建造物群保存地区になり、今年度で10年目を迎えますが、まだ選定を受けるかどうかという厳しい時期で疲弊している建物が結構ございました。その中で1年先行して佐賀県遺産制度をつくっていただいて工事に着手できたことも、肥前浜宿の現在に至る歴史の中で非常に大きなポイントではなかったかと思います。
わたしどもがNPO法人になったのは05年ですが、平成の初めぐらいから少しずつまちなみの良さに気付いてきました。
こんなまちになりたいという漢詩があります。小高い丘の中に、江戸時代の儒学者の草場佩川が詠まれた「濱驛城址」という詩があります。「春風花満市 揺曳酒家旗 獲魚帰舟急 江口潮上時」。江戸時代にこの詩が詠まれたことは、「浜千軒」という言葉がありますけれども、かなりその当時からにぎわっていた様子がうかがえます。
どうすればこんなまちになれるのか、いろんな勉強をしました。最終的にたどり着いたのが、国の重要伝統的建造物群保存地区という制度を目指そうということで、いろんな仕掛けをしてまいりました。
スタートした時は、このまちに観光客が来るなんてことは夢にも思っておりませんでしたが、09年には年間5万人ぐらいの観光客が来ていただくようになりました。そこで、道案内をしたり建物を紹介するガイドを育成するための講座をやりまして、年間8000人ぐらいの観光客の方がガイドの案内で見学をしていただいております。
もう1つの大きな転機になったのが、IWCの受賞です。これはもともとワインの世界大会ですが、日本醸造協会が働きかけをされて日本酒部門が作られました。11年「大吟醸鍋島」がチャンピオンに選定されました。ワインの世界ではワインツーリズムという概念があって、世界チャンピオンになったワインの産地は全世界から人が押し寄せてくる、酒蔵ツーリズムという概念をぜひ導入していきたいというお話がありました。それにわたしたちが乗ったわけですが、何で乗れたのかというと、平成の初めから酒蔵の保存をしてきたという土壌があったことと、「花と酒まつり」などの実績が肥前浜宿にあったからこそ成功したと言われております。
そして12年春に第1回の酒蔵ツーリズムを開催し、2日間で3万人の方々に来ていただき、13年には5万人、ことしは7万5000人と、道幅4mちょっとの通りが通れないほどのにぎわいを見せました。
本年4月には国土交通省の「手づくり故郷賞」をいただきました。これはまだまだ頑張れよということだと思いますので、メンバーは高齢化してきましたが、次の世代へ引き継ぐために頑張っていきたいと思います。
【鎌倉の聖域御谷(おやつ)の景観を守る・公益財団法人鎌倉風致保存会理事長・兵頭芳朗氏】
鎌倉の1つの特徴はみどりですが、昭和30年代から40年代にかけて大規模な開発が起こりました。当時、数万から10万ぐらいに急激な人口増が起きました。1962年、約48%の緑被率でしたが、大規模な開発がほぼ一段落しました73年には約40%に減ってます。骨格になるところは保存されていますが、その間の「やと」と言われているところは開発がどんどん進められました。
鎌倉の象徴である鶴岡八幡宮の背後にある御谷でも開発計画が持ち上がり、周辺住民の反対運動が起こりました。文化人と言われる著名人が次々に参加し、作家の大仏次郎さんは新聞に「破壊される自然」を書き、イギリスのナショナルトラスト運動を紹介されてます。日本の景観の考えを端的に述べられたエッセーと言われてます。この運動が全国に知られるようになり、京都や奈良でも同様な運動が起こります。
64年に、運動の中心として「財団法人鎌倉風致保存会」が設立されました。これがわれわれの団体の前身となります。
この運動が契機となり、66年1月、超党派の議員により、当時は世論立法と言われる「古都保存法」が制定されております。御谷騒動につきましては全国から寄付をいただき、66年6月、全体が6ha以上の核となるところを買い取り、保全ができた。これが日本最初のナショナルトラスト運動です。もし、御谷が宅造されていたら、いまの鎌倉の風情が残ってなかったのではないか、古都保存法が鎌倉のまちづくりの大きな礎になっているのかなと感じています。
市民参加の推移ですが、次世代に引き継ごうということで、中学生のボランティアだとか、お子さん方の栗拾いだとか、いろいろな仕掛けをやっております。企業にも呼び掛け、多くの企業からご協力、ご支援をいただいています。
それから、みどりの保全だけでなく、建物も保全しています。
鎌倉市の緑地の特徴は、岩盤が柔らかい砂岩や礫岩で、その上に堆積ということで、きちんと枝払いだとか下払いをしていかないと根っこごと落ちてしまう状況になりますので、絶えず管理をしていかなければいけないのです。みどりのボランティアは、多くの人にみどりの大切さを知ってもう、実際に汗水を流してもらう、それから災害の防止、生態系、多様性の確保ということのため里山的な管理が必要だという考え方で活動しています。
会員は、一時は1000人近くいたのですが、残念ながらいまは400人程度になっております。この辺が1つの課題ととらえております。鎌倉の歴史、郷土の大切さ、みどりを中心とした維持管理ということにご理解をいただくということで、この50年間活動してまいりました。今後も次代に引き継ぐように活動してまいりたいと思います。
■意見交換会 景観・風景に物語あり
進士氏 佐賀遺産は、どの程度の予算でやってこられたのか。お金を出すには議会がいろんなことを言うはずでして、景観やまちづくり、特に歴史遺産に対する理解、そういうことも併せて、補足をしていただければ幸いです。
◆使う過程で保存
副島氏 歴史的な物語を地域で持っている、そのもの自体を地域の誇りとしている、心の拠りどころだという思いを持っていただいたことが1つ。それから、保存するというのは使っていく過程で保存されていくものですから、使っていく。いままでの形を整えてきれいな形で取っておこうというところから視点を変えました。そういう地域の思いが伝わり、議会も理解をしていただいたものでございます。
この10年で建物などに関しましてはトータルで2億円ほど投資しています。それプラス、例えば無電柱化する、景観を阻害する周りのものを除去していく、案内をしていく、広報を打っていくというものは、また別の予算でしっかり取り組ませていただいております。
中村氏 肥前浜宿が重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けるまでの間、ちょっと時間を要しました。その中で朽ちていく建物を見ていると、これはヤバイぞという建物が結構あったんです。選定を受ける前に手を入れないとだめだという思いが、県の方や県議会の皆さん方もそういう制度が必要だということでした。
山本玲子氏(NPO法人全国町並み保存連名事務局長) わたしどもは2年前に、「全国町並みゼミ鹿島・嬉野大会」を開催しました。古いことをご存知の方にお聞きすると、長崎に向かう特急から茅葺き民家が見えたよとか、昔はボロボロだったのにね、というお話もたくさん聞いたのですが、皆さんのご努力で観光客もいらっしゃってということを、きょう改めてお話をうかがうことができました。
また、佐賀遺産という取り組みがあったことをわたしは全く存じ上げなくて、町並みゼミのときにもあまり取り上げられなかったと思いますので、きょうのお話も連盟の方にお伝えしたいと思っております。
進士氏 この佐賀県遺産制度を一生懸命後押ししていた涌井さん、何かありますか。
◆裏道にこそ楽しさ
涌井史朗氏(東京都市大学教授・美し国づくり協会理事) 一番大きな問題は、佐賀県は長崎とか福岡とかに、どうしても綱引きで負けていくのですね。高速交通網の中に佐賀県が居続ける必要はないじゃないか。もっとこれからはスローでゆっくりした、そしてジェイコブス氏の話にもありましたように、実は裏道にこそ楽しいことがあるのではないか。幸いにして、長崎街道沿いに結構面白いものがたくさんあるのです。
もう1つ、例えば造り酒屋がありますと、明治蔵、大正蔵、昭和蔵と3つが一体となって1つの建物になっている。ところが伝建の対象になる明治蔵が修復されても、その隣に大正蔵あるいは昭和蔵がボロボロになってつながっている。まち並みも、本当に手を入れていかないと当時の姿に戻らない。これはだめだというので県はご苦労されて、他の公共事業と併せて一体化しながら伝建の限界を超えようという、これが実は「歴史まちづくり法」という法律なんかにも大きな影響を与えたということも付け加えておきます。
進士氏 「歴まち法」の時の委員長をやられたのが越澤先生で、鎌倉のこともサポートしてこられました。コメントをお願いします。
越澤明氏(北海道大学名誉教授) 肥前の方は、たまたま長崎街道を見ていまして、大変いい感じになったので感銘を受けました。
鎌倉の方は、首都圏の中で大変恵まれた自治体ではあるのですが、みどりを大変重視した結果、今度はみどりが多過ぎというような議論が出てきたりしています。できちゃうと意外とありがたみがないものですから、当たり前のように見ている。ちょうど50年なので改めて振り返ってもらって、次の政策面はどうするかが必要です。
進士氏 自然保護運動でも、景観運動でも、全部そうですね。初期の話と考え方もアプローチも方法論も変わっていきます。そういう意味では50年というのは非常に大きい時間の変化ですね。
兵頭氏 一例を挙げますと、20ha、40haの三大緑地というところを保全しています。100億円を超える費用を投じました。それだけのまとまった土地を取得するのは全国的には珍しいのではないかと思っています。ただ、鎌倉の風土としては、それがある面では当たり前になっています。当たり前ということで、それ以上自分で活動するなり何らかの思いを持つことはなかなかできない。
いまの鎌倉は、みどりはそれなりに保全されていますけれども、都市の中の景観ということになると非常にお金がかかるし、努力も、理解も、難しい局面に立たされているというのが実情です。
◆土木との融合必要
長谷川伸一氏(建設コンサルタンツ協会会長) 鎌倉のお話を聞かせていただく中で、建設という名の破壊というのが非常に心に突き刺さっております。われわれは土木を進めていく上で景観との融合ということをあまり重視してこなかった、これからきちっとしていかなきゃいかんと思います。
保存していく中で、森とか草という話が出たのですが、水とか土とか生態系とか、そういうところで何かご苦労されているお話しがあればいただければと思います。
兵頭氏 自然に調和したまちづくりを町全体でどうしていったらいいのかということが非常に難しくなっています。鎌倉は、昔は「歴史公園都市・鎌倉」ということを表題にしていこうと。ただそれも、市民の方が何で歴史公園にしなきゃいけないのだ、もっと夢を追求したらどうだ、みどりの保全だけじゃないだろう、というようなこともございます。鎌倉はいろいろな自然環境がございますので、調査なりしておりますけれども、全体的には難しいところです。
進士氏 最後に青山顧問に感想を述べていただこうと思います。
◆努力・勇気の積重ね
青山俊樹氏(建設業技術者センター理事長・美し国づくり協会顧問) 景観なり風景というものは物語があるというのをつくづく感じました。物語というのは、そこに人々のいろんな思いがあり、努力があり、勇気があり、それの積み重ねで現在の景観があるのだろうと思います。そこのところにわれわれはもっともっと着目しながら、大事にしながら、物を考えなきゃいかんと思います。
第2回「美し国づくり景観大賞」を受賞した『肥前浜宿における佐賀県遺産の保存活用に向けた取組』および特別賞の『鎌倉の聖域「御谷(おやつ)」の景観を守る』の活動概要は「美し国づくり協会」ホームページを参照ください。
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