国際競争力の強化などを背景に、いま東京都心部を中心とした大規模再開発の動きが活発化しているかたわらで、地域社会や人と人との新たな関係性をつくり、デザインの領域を広げながら、共有価値の創造につなげていこうという試みも各地で散見されている。人口減少と少子高齢化という難問に直面し、社会のあらゆる分野で価値観の転換に迫られている状況にあって、人々の生活の質を高め、まちの新たな魅力を生み出そうとする、さまざまな取り組みを紹介する。第1回は東京都台東区谷中から。写真は観光客でにぎわう谷中銀座商店街
◆日常的な文化の場に/最小文化施設「HAGISO」
「HAGISO」 |
昭和の下町風情が残る東京・谷中。上野の北に位置するこの寺町は、そこかしこに江戸時代から近代を経て現代へと続く歴史の積層を感じさせ、近年は根津、千駄木とともに「谷根千(やねせん)」として、週末ともなると国内外の観光客でにぎわう。こうした集客力の高まりによって通りには新しい店が次々と生まれる一方、人知れず消えていく古い建物も少なくない。
活気ある谷中銀座商店街から一本路地を入った住宅街の一角にある『HAGISO』は、築後60年の木造アパートを改修したものだ。コンセプトは「最小文化複合施設」。設計者であり、施設の企画運営も担うHAGI STUDIO代表の宮崎晃吉氏は「民営による、日常的に文化に触れ続けることができる場」として2013年3月のオープン以来、「この建物自体の可能性をどこまで掘り出せるかに取り組んできた」という。「ここが劇場に、あるいは図書館になり得るのか。この場所の何をどう生かしたら、ここならではの使い方ができるのか」と。
1階には古い柱梁がそのままの特徴的な空間としたギャラリーとカフェがある。7mの吹き抜けとなるギャラリーは、「HAGISOの空間をアーティストと一緒に再発見、再更新していくための展示空間」と定義。会場の使用料は求めず、その維持費は主にカフェの収益で賄う。アーティストが作品を用いて日常空間に驚きと気づきをもたらし、ここにしかない体験を来場者に与える場と位置付けているとおり、これまでアートに限らず、地域活動やさまざまなパフォーマンスなど多種多様なイベントが展開されている。
◆まちに住むように滞在/宿泊施設「hanare」
宿泊施設「hanare」 |
15年11月には、HAGISOから数十mの距離にある、これも築後50年の木造アパート丸越荘を改修、新たに宿泊施設「hanare」としてオープンさせた。まち全体を1つの大きなホテルと見立て、「まちに住むように滞在する」ことを提案する。
HAGISOはホテルのレセプションであり、朝食を提供するカフェ、宿泊者が交流するラウンジともなる。チェックインした宿泊者にはオリジナルのマップが渡され、レストランやお土産物が買える商店街やまちの雑貨屋、大浴場としての銭湯など「必要な場所をまちの中から自分で選んでいく」
◆負荷を“付加価値”に転換
HAGI STUDIO代表 宮崎晃吉氏 |
この2つの施設に共通するのは老朽化した空き家、いわばまちの「負荷」だったものを、「ここにしかない良さ、ここだけの体験が得られる」という「付加価値」に転換させたことだ。宮崎氏はともに自らも初期投資を負担する「リスク共有」の活用スキームを不動産オーナーに提案。改修設計のみならず、コンテンツやオペレーションを含む事業そのものをデザインする。オーナーからすれば処分に困っていた建物を低リスクで収益化できることになる。
なにより建物単体ではなく「エリア全体の価値を形成し高めていく」ことが大事であり、そのためには「デザインの力が大きい」としつつ、「建築家はものをつくるだけではなく、使い方のプロになるべきだ」と提起する。「ものや建物、まちの使い倒し方をとことん考え、どうやったらいまあるものがきらめくものになるかを考える職業」なのだと。
誰も住まなくなった家でも見方を変えると違った価値を持ってくる。ポテンシャルがないと思われたところにも新たなポテンシャルが生まれてくる。それは「まちを編集する作業」だと語る。* *
いま、まちのキーマンを学生たちが取材する「ハナレポーターズ」も募集中だ。ステレオタイプなまちの印象から一歩踏み込み、まちを構成するリアルな顔ぶれからさまざまな物語を引き出し、地域の魅力を再発掘して可視化させていく。その拠点がHAGISOであり、ネットワークとしてのhanareがある。さらにサテライトとして、いま谷中銀座商店街近辺で次なるリノベーション計画も進んでいるという。
「当たり前の風景、体験」の中から、そこにしかない価値を見いだしていく。「最小」と銘打ったのも、「拡大・発展」を志向するのではなく、いま、身の回りにこそ目をこらすべきだという思いがある。
◇HAGI STUDIO代表 宮崎晃吉氏(みやざき・みつよし)
1982年群馬県生まれ、2006年東京藝術大建築科卒、08年同大学院美術研究科建築設計修了後、08-11年磯崎新アトリエ勤務。13年HAGI STUDIO設立、HAGISO/hanare代表
◆建築夜話
「建築夜話」 |
2014年11月から、毎月最終土曜日に開催している「建築夜話」。第1回のゲストだったmosaki(大西正紀+田中元子)を以後レギュラーゲストとし、従来の類型に収まりきらない、建築にまつわる各領域を横断するゲストを迎え、深夜にかけて建築談義を繰り広げる。6月25日に開かれた第19回のゲストはEurekaを共同主宰する稲垣淳哉氏。第20回となる7月30日は仲建築設計スタジオ代表の仲俊治氏を招く。
◆木密 人を呼ぶ魅力も
東京都の都市防災上、最大の弱点とも言われる木造住宅密集(木密)地域。その不燃化は喫緊の課題だが、一方で開発から取り残されたことで古い建物が残り、それがまちの価値となって人を呼び込む魅力となっている面もある。安全性をいかに担保しながら地域の資源を保全・活用できるか。一律ではない、それぞれの地域における戦略が求められる。
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