2016/08/08

【インタビュー】常に次世代を見据えた開発、提案目指した 国交省顧問・前事務次官 徳山日出男氏


 「何も思い残すことはない。いまはとにかく、ゆっくりしたいですね」。6月に事務次官を勇退した国土交通省の徳山日出男顧問は、すがすがしい表情でこう語る。旧建設省道路畑の技術系官僚で、振り返れば記憶に新しいものだけでも、東日本大震災への対応を始め、ETC2・0や賢い料金、メンテナンスの「最後の警告」、さらには動き出した生産性革命などがあり、まさに激動の37年を走り抜けた。柔軟な発想を繰り出すアイデアマンで、政策を打ち出すときには極力シンプルに、世間への伝わりやすさを追求し、一つひとつの文字や言葉の力を大切にした。建設業界や後進への思いなどを聞いた。

--これまでの職務を振り返って思い出深いことは
 「若手だった“前半”でいうと、道路の企画や予算の仕事をやらせてもらっていたが、ずっとハード中心の道路行政を変えたいと思っていた。まだまだ整備が進んでいない時代、われわれの“主力商品”は高速道路だった。しかし20年、30年後には主力商品は必ず変わっているはず。『高速道路はまだ半分しかできていません』といった声があったが、半分できているなら次の用意をするべきだと考えていた」
 「課長補佐だったころ、先輩にはよく、『おまえの提案はチャラチャラしているものばかり』などと言われもしたが、ITS(高度道路交通システム)やETCのことを真剣に考えていた。だれもまともに話しを聞いてくれないから本も書いた。将来はベーシックなニーズが変化しているはずで、単にA地点からB地点に早く行けるだけでは足りない。フレキシブルで利用を促進できる料金体系もあるだろう。走るだけではなく止まることも考え、道の駅も思い描いていた。やっぱり、主力商品だけを売っている組織には先がない。次の世代の商品開発も現役の仕事だ」
 「働き方も変えた。目の前の仕事に夜を徹して打ち込むパワフルな雰囲気も大好きだったが、世の中のためになる道路行政であり続けるために、パワーの一部を次世代のために使いたかった。道路局企画課というと省内でも随一の忙しさで有名だが、筆頭補佐のときに2年半で5回休暇を取り海外旅行にもいった。旅行先で良いアイデアが思いつくこともある。政策のラインナップをハードからソフトまで未来型に並べ直すとともに、人間としてももっとスマートで、みんなから憧れられるようなライフスタイルの公務員が理想だった。結局、退任するまでに14回の渡航申請を出し、家族とのプライベートで海外に出かけた」

--“後半戦”は
 「やはり節目は東日本大震災。職員や地元建設会社の獅子奮迅の働きのおかげで、あの修羅場に対応できた。だれが東北地方整備局長であっても、職員も業界も99%同じことをやってくれたと思う。わたしは災害時対応を少し体系づけたり、世の中に発信する手伝いをしたに過ぎない」
 「業界を含め、われわれはものを造る『トンカチ屋』でなく、国土を守る、人命にかかわる存在なんだという気づきがあった。わたし自身の考え方も大きく変わった」

--伝えることへの思い入れが強いようですが
 「建設業界や国土交通行政は、その内実をうまく伝えられていないことが致命傷だと考えてきた。さまざまな国家的事業にはわれわれが人を出しており、その現場力には定評があるが、世間からは圧倒的に旧態依然としたイメージを持たれてしまっている。ちゃんと伝えて理解してもらうことは、民主主義を動かす大きなツール。旧来の語らない美学は捨てるべき。大量の情報があふれる現代、言わなくても分かってもらえるなどということはあり得ない。あるものを正しく伝えるための演出は美学にも反さないはず」

--i-Constructionが始動した
 「人生もそうだが、いかなる分野や業界、組織にも波がある。良い時代があれば、悪い時代も来る。10年ほど前がどん底だったが、東日本大震災がインフラの力を思い出させてくれた。それを支える建設業界が、安全や防災面に必須だと理解されたことに加え、『ストック効果』や『生産性革命』に代表されるように、わが国の成長にも欠かせないとの認識が広がってきた。好転してきた状況に安住せずにもう一押し。人手不足というピンチをチャンスととらえ、この根幹的な課題に対応しながら、いまの良い流れを総仕上げするのが、建設業そのものの生産性革命たるi-Constructionだ」
 「仕込み始めた当初は、情報化施工の試行件数を増やす案もあったが却下した。試行にとどまっていると、いつまでたっても本物にならない。人手不足に対応するだけではなく、働き手の処遇や企業の経営環境を改善し、さらには国際展開も目指す。そんな広い視野に立ち、i-Constructionを『試行』ではない『標準』にすることに、ものすごくこだわった。職員には苦労をかけたが、直ちにスタートを切れるよう歩掛かりや基準類も用意し『愛』を込めて打ち出した」

--業界や後進にメッセージを
 「凡将はある程度勝つと戦意を失うという。ぜひ、もう一段の努力や投資を行い、いまの良い波をより確実なものにしてもらいたい。われわれ世代がびっくりしてのけ反るような、わたしにチャラチャラしていると言わせるような斬新な発想も期待したい。近い将来、工事現場だけではなく経営などの分野も含め、その時々の最先端の思想や技術が次々に投入され、それが世の中にも理解されている。そんな業界になっていることを心から楽しみにしている」

■横顔
 多くの業界関係者に周知のことだろうが、東日本大震災の発生当時、東北地方整備局長として陣頭指揮を執った。その後、道路局長、技監の要職を歴任し、2015年7月から事務次官を務めた。道路啓開に市民権を与えた「くしの歯作戦」や、長年の懸案だった道路橋などの点検義務化を実現した「最後の警告」、i-Conに生産性革命等々、業界内外にアプローチをし続けた。外見や物腰はスマートな紳士だが、言葉を交わすと内に秘められた、ただならぬ熱に引きつけられずにはいられない。
建設通信新聞の見本紙をご希望の方はこちら

Related Posts:

  • 【橋梁点検義務化】「もともと逃げられない問題」 徳山道路局長がメッセージ 道路橋などの点検義務化がスタートしたことを踏まえ、政策の旗振り役を務める国土交通省の徳山日出男道路局長に、メッセージを寄せてもらった。  「きょうから名実ともに本格的なメンテナンス時代に突入する。市町村など管理者の責任は格段に重くなるが、国として予算・人材・技術面とも最大限の応援をしていく」 「大変なことになったと思われている自治体もあるかもしれないが、落橋などの致命的な事態が起きる前に、舵(かじ)を切ることが後々の幸せにつながる。(義務化… Read More
  • 【建築】教育と実務つなぐプラットフォームを東北に 櫻井一弥氏に聞く 日本建築学会の2014年度・特色ある支部活動に採択された「東北地方における建築デザイン教育の質的向上に向けた、教育機関と設計実務界をつなぐ教育プラットフォームの構築」事業がスタートした。東北地方を中心にプロフェッサー・アーキテクトとして活躍し、事業推進の中心的役割を担う櫻井一弥氏(東北学院大教授、SOYsource建築設計事務所主宰)にねらいや活動方針などを聞いた。  建築教育機関と設計実務界を結ぶ架け橋となるプラットフォームの構築事業は、… Read More
  • 【この人】不調不落対策は、何よりも企業との信頼関係 岩野多恵横浜営繕事務所長【記者コメ付き】 神奈川県内すべての国の機関における建築物の保全指導と一部営繕工事を担う関東地方整備局横浜営繕事務所の所長に、7月1日付で就任した。「不調不落」対策を喫緊の課題に挙げる。「原因究明に真摯(しんし)に取り組みたい」と述べ、各機関の円滑な事業遂行を下支えする責務を果たすべく、意欲を燃やしている。 【執筆者より:女性らしい物腰の柔らかな語り口で、地元企業との関係づくりを話していただきました。岩野さんは、国家公務員の親を持ち、幼少期から全国を渡り歩い… Read More
  • 【JIA MAGAZINE】専門家は誰に、何を、どう伝える 新編集長 今村氏に聞く 毎号多彩な分野の特集を組み、一般市民にも分かりやすい内容で建築・都市のあり方を考えるための話題を提供する日本建築家協会(JIA)の会報誌『JIA MAGAZINE』。2013年8月号では建築家の槇文彦氏が新国立競技場を論じた論文「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」を掲載して新国立競技場整備のあり方に一石を投じ、社会に大きな影響を与えた。建設産業界全体の情報発信力が問われる中で、専門家は誰に、何を、どう伝えるべきなのか。『JI… Read More
  • 【BIM】設計行為に変革を 三菱地所設計デジタルデザイン室の目指すもの 三菱地所設計は4月から「デジタルデザイン室」をデザイングループ内に創設した。建築生産・設計の質的な変化が求められ、建築分野におけるBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)を始めとしたICT(情報通信技術)のさらなる進展が期待される状況の中で、選ばれる設計事務所として生き残るために「デジタルデザイン室」はどこに向かうとしているのか。伊藤誠之室長に聞いた。  「大手設計事務所ではBIMなどを積極的に使おうとする動きがあり、施工者に… Read More

0 コメント :

コメントを投稿