2016/08/07

【超々高層建築】古谷誠章氏の「スパイラルタワー」 ハイパービルディングの夢をもう一度


 バブル全盛期、大手ゼネコンは相次いで1000m超級の巨大建築「ハイパービルディング」の計画を発表。1994年には日本建築センターなどが中心となってハイパービルディング研究会(菊竹清訓会長)も設立し、高さ1000m、面積1000ha、寿命1000年の超々高層建築に必要な技術を検討した。しかし、こうした巨大建築構想はバブル崩壊で立ち消え、同研究会も96年に建築家の古谷誠章氏=写真、レム・コールハース氏、パオロ・ソレリ氏に委託した具体的なハイパービルディング構想を発表してそれまでの活動を総括した。あれから20年、当時見た夢は時代のすう勢を読めずバブルに浮かれる建設業に咲いたあだ花だったのか。ハイパービルディング「スパイラルタワー」を提案した古谷氏に聞いた。

 古谷氏が96年に提案した「スパイラルタワー」は、複数の建物が複合しながら水平方向と垂直方向に拡大していくハイパービルディングだ。「高さ1000m以上の建築を建設するには巨大な基礎と膨大な先行投資が必要になるため現実的ではない」と考え、数百年かけながら成長し、「恒常的に変化していく超高層」を提案。とぐろを巻いた特徴的なデザインが生まれた。

◆信頼への揺らぎ
 この構想の背景には、当時の社会が抱えていた将来への不安があり、それを反映していたという。
 検討を開始した95年は1月に阪神・淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件が発生し、日本の建築技術やそれまで安全と信じてきたものの信頼が揺らぎ始めた時代だった。「当時、世界はまだ『世界一の超高層』という肩書きへの関心が高い時期だったが、それを日本につくるのは時代錯誤ではないかと感じていた」と振り返る。
 発想の原点となったのは、93年に発生した爆破事件直後のワールドトレードセンターを訪れた経験だ。2棟のうち1棟だけが完全に停電している様子を目撃し、「地下駐車場で爆弾が爆発しただけで全体の機能が完全に停止してしまう。内部の人々にとって超高層は巨大な袋小路だと実感した」と語る。そのため、「スパイラルタワー」においては複数の経路を設け、避難路を自分で選定できることを重視した。「超高層には多様な逃げ場が必要だ」と指摘する。斜面を多用した特徴的なデザインも、停電時にも肉体的な負担の少ない移動ができるよう配慮したという。

1996年に提案したスパイラルタワー
◆超高層の今後
 それから20年を経て、自然エネルギーや構造の分野で建築技術は大きく進歩した。「もう一度ハイパービルディングを考えるとしたら、1000mの高さを生かした温度差換気や物質の落下エネルギーなどを活用し、より精度の高い制御ができるようになる」と語る。
 また、機能面でかぎとなるのは集約化だ。かつてル・コルビュジエは高層ビルでオープンスペースを確保した都市計画を発表したが、これからの超高層ビルには「都市機能を集約し、価値を生み出す活力の源となることが求められている」と指摘する。「都市機能をゾーニングするよりも、人種・機能・世代を重ねることから文化・ビジネスの可能性が生まれる」と単なるモニュメントや空地確保にとどまらない役割があると見据える。
 ただ、「成長していく建築」というかつてのアイデアは継承するという。構造技術が発達した現在であれば、「荷重の変化に合わせて強度が増す、生物の骨のように新陳代謝する構造」という新たな夢も描くことができるとも指摘し、「1000mの高さに必要な技術やデザインを想像することは、これまでにない新しい都市のパラダイムを考えるきっかけになる」と語る。

◆将来の指針に
 古谷氏自身も「スパイラルタワー」の経験から「斜面」の可能性を実感した。回遊性を持たせることで複数の避難路を選択できる「高崎市立桜山小学校」や斜めのヴォイドが特徴的な「実践学園中学・高等学校 自由学習館」など、その後の実作や提案のアイデアの原型と見ることもできる。「自分にとっては、その後の方向性を決めるきっかけになった」と振り返る。
 近年、建設業ではこうした大きな夢を描く研究会や団体の活動は激減しているが、「業種や立場を超え、こうしてみんなで未来を考えることが思考の刺激となり思考を広げるきっかけになっていた」とし、一見すれば実現不可能ともいえる構想を真剣に検討することが、建設業の未来にもつながっていると強調する。
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