未曾有の大災害となった東日本大震災では、防潮堤や防潮林が整備された地域にも大きな被害をもたらした。防潮堤は住民の危機意識を低下させる、津波が目視できないことによって避難行動を妨げるのではないか、防潮林も視界を遮り津波で流された際には漂流物として被害を増大させているのではないかという説も唱えられている。東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)のブリッカー・ジェレミー准教授ら4氏は「岩手県・宮城県における防潮堤及び防潮林の津波被害軽減効果に関する統計学的分析」をまとめ、「防潮堤および防潮林は財産を守り、避難行動を妨げない」と結論づけた。ブリッカー氏に研究の目的や成果、今後の防災・減災への備えなどについて聞いた。
--研究の目的は
「防潮堤や防潮林が人的・物的被害を助長した原因ではないかという説が、本当に正しいかを統計学的に解析する手法で検討したかった。過去4つの大津波(1896年・明治三陸津波、1933年・昭和三陸津波、1960年・チリ地震大津波、2011年・東日本大震災)の津波データを収集し、アメリカの統計学者たちと共同で防潮堤と防潮林の存在が住宅の破壊率や死亡率とどう関係するか調査することにした」
--研究の方法や成果は
「具体的には、ビッグデータを使って統計学的に解析し、関数同士の関係性から評価をするものとした。インフラ設備として人が主体的にコントロール可能な防潮堤の高低や防潮林の面積を主の関数として選定し、他の要因は平均し、加味した上で解析した」
「その結果、5m以上の防潮堤であること、防潮林は面積が大きいほど住宅の破壊率が下がることが分かった。死亡率に関しては、破壊率と比較して信頼性が高いとは言えないが、少なくとも防潮堤の高さ・防潮林の面積が死亡率を高める傾向にはならなかった」
「防潮堤については、次の3つの仮説を立てた。1つ目は、高さが5m付近の比較的低い防潮堤があるところで住宅の破壊率が高くなるのは、防潮堤の能力が十分ではないにも関わらず、防潮堤がある「安心感」で土地開発を促して家屋が増え、被害が拡大したのではないか。第2は防潮堤がない場合に5m付近のものより住宅破壊率が低下した理由は、防潮堤がなければ住民が危険性を感じ、土地は開発されない方向に進み、必然的に家屋数が減ったのではないか。最後に5mを超える防潮堤であれば、土地開発が進んでも守る機能が備わっていることから、住宅破壊率は減少傾向となったのではないか」
--防災・減災についてどう考えるか、この研究結果を将来にどう生かしたいか
「防災・減災におけるハード面としては自治体ごとに発生し得る津波高さをシミュレーションした結果を反映して防潮堤建設や高台移転などを主導する政府の方針は間違っていない。われわれの分析は宮城・岩手両沿岸地域に特化したものではあったが、5m以上の防潮堤の必要性については論文を見て多くの人に興味を持って見てほしい。ソフト面としては人命を守るには避難しかない。訓練や教育が重要だ」
--研究の今後の展開は
「今回の研究内容に福島のデータを追加していきたい。ほかには、人の避難行動にハード対策を活用できないか検討するために、津波と高潮発生時の人の認識と避難行動についてアンケートによる調査を実施し、多数のデータを集めて統計学的に分析したい」
2003年9月スタンフォード大大学院卒(博士号取得)後、同月神戸大助手に就き、06年9月からはハワイ大で津波研究を始める。08年から3年間、サンフランシスコの建設コンサルタント会社で勤務した後、11年に東工大客員准教授に就任。13年1月から東北大勤務。専門は土木工学と水工学。米国ニュージャージー州出身、43歳。
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