手押し車の老人の姿、いまも
「3・11」から5年が経ったいまでも、ある光景が頭から離れません。発災から半年後の2011年夏のことでした。岩手県南部沿岸地域の取材を終えて小雨が降りしきる夕方、内陸部に戻るため峠道を走っていました。ふと、暗がりの中で1人、手押し車を押しながら歩くお年寄りとすれ違いました。
写真は宮城県女川町の復興状況(提供:東北地域づくり協会)
内陸部の病院通いからの帰り道とのこと。曲がった腰での歩行でバランスを取る手押し車の力を借りながら峠道の麓のバス停から山道を1㎞以上、片側1車線の細い車道に申し訳程度に引かれた白線に沿って歩いてきたと聞きました。行き先は峠の中腹に建設された、仮設住宅でした。
「送ります」との申し出にお年寄りは「いつものことだから」と断って、明かりが全くない暗い山道を登っていきました。
いまもあの時の光景が頭から離れないのは、津波で沿岸地域のすべてが被害を受け、山腹の仮設住宅暮らしを強いられていることへのやるせなさと同時に、過疎化と高齢化が同時進行する地域衰退の姿が、このお年寄りの姿と重なったからです。
■奮戦ぶりがその後の施策に
発災直後の被災地域に拠点を置く地元建設業、仙台市内の支店など拠点を置く日本建設業連合会加盟の全国ゼネコン、さまざまな機械・器具を保有する専門工事業、設備企業など建設産業界は、国土交通本省、東北地方整備局、被災3県や基礎自治体と一体、一丸となって1日も早い応急復旧に向けて不休不眠のいわば臨戦態勢を敷きました。
人命救助を最優先にする救急・警察、自衛隊の活動を円滑に進めるための道路啓開を始めさまざまな応急活動の先兵役を担った地元企業の献身的な活動ぶりがニュースにならなかったことを憤慨する業界人が多いことも確かです。しかし、この時の奮戦ぶりが建設業の存在価値を高め、国交省などの施策にも反映・展開されてきたことは忘れてはならない事実です。また職員数など組織体制が脆弱な被災基礎自治体の対応を支援するため、被災県だけでなく東京都や被災していない他の広域自治体、被災基礎自治体と姉妹提携する自治体なども応援職員を派遣したほか、まちづくりのプロとして都市再生機構(UR)も被災県・自治体に多くの社員を投入、本格的なCM(コンストラクション・マネジメント)活用のまちづくりが数多くの地区で展開されています。
■新たな生産システム生み出す
国交省も、企業の応急復旧や復興作業をスムーズに進める支援として、技術者配置の弾力的運用に踏み切ったほか、発注者と民間技術者が調査・設計段階から知識や経験を共有しマネジメントを行う「事業促進PPP方式」を東北復興道路の228㎞で採用し、工事着手と事業期間の短縮など道路インフラの早期整備に効果を上げています。
一方、労務賃金や建設資材の高騰に悩む自治体の一部では設計・施工一括方式(デザインビルド)や設計段階から施工者が関与するECI(アーリー・コントラクター・インボルブメント)方式によって早期の復興を目指しています。大手ゼネコンを中心に震災がれきの処理や有効活用で高度な研究開発が一段と進んだのも見逃せません。一部は骨材や基材として再利用されました。これまでにないスケールでのがれき処理技術の開発と実践も記憶に新しい。これまでにないスケールといえば約640万m3の土量をわずか1年余で運んだ大ベルトコンベヤー作戦も人口に膾炙(かいしゃ)しました。
このように、復旧・復興の現場ではこれまでの入札契約や施工方式の枠を超える新たな制度・システムが試みられています。これからの公共事業執行の改革の先鞭をつけ、一方で施工面での大胆なアイデア・技術が取り入れられ、生産性向上など課題解決への一歩を踏み出すきっかけとなりました。
集中復興期間の5年で、被災地は確かに大きく変わりつつあります。沿岸部を中心に鉄道の軌道や住宅地の痕跡も分からないほど一面を覆い尽くした震災がれき、鉄骨の枠組みだけの構造物、津波で海水が溜まり広大な田畑が湖のようになった景色は、もはやありません。
しかし、福島県の沿岸部である浜通りの双葉地区は全くの別世界です。東京電力福島第一原子力発電所の事故に見舞われた一帯は帰還困難地域に指定され、住宅まちづくりどころか、復旧・復興のめども立っていないのが現状です。
この現実も含めて、被災地は本当に復興できるのか。そのことに大きな不安と懸念を感じざるを得ません。
■労働生産人口の減少と高齢化
わが国はいま少子高齢化問題、もう少し詳しく言うと「労働生産人口の減少」と「高齢化」という2つの問題に直面しています。密接な関係にある少子高齢化問題は非常にやっかいな問題でもあります。なぜなら、経済成長は金融政策や財政出動、グローバル市場の需要増といったことを起点に好循環へと変わる可能性があります。好循環が拡大することは、企業・個人だけでなく税収増という形で国や自治体まで良い影響が波及します。つまり好循環とは、循環の関係者すべてがハッピーになることで、明確な優勝劣敗を生みません。
しかし人口減、労働生産人口減少問題の本質は「ゼロサム」です。決まった総労働力人口がどこかの地域や産業にシフトすると、一方で必ず他地域や他産業の労働力人口は減少します。総労働力人口は決まっているため、増加と減少の合計は常にゼロだからです。その上で労働力人口が少子化によって減少するというマイナス要因が重なることになります。
この人口減と過疎化問題は日本全体の経済成長が今後続いても、それによって解決するものではありません。地域に魅力や雇用がなければ、周辺都市部や東京圏へ労働力人口が流出してしまうからです。
■分厚いインフラを自ら生かす
そこで提案します。
震災復興によって急速に進んだインフラ整備、例えば東北復興道路、復興支援道路や鉄道復旧など基幹インフラを前向きに最大限に生かす考え方、つまりストック効果を発揮する場面を創造していくということ。岩手北部沿岸地域は、NHKの朝の連続ドラマの撮影場所となったことで、観光客は急増しました。岩手南部沿岸域には大企業工場が立地していますし、海産物で世界的ブランドになっている地域もあります。さらに「気仙大工」として名をとどろかす職人集団が陸前高田市には存在します。宮城県の石巻市には日本一とうたわれる水産市場が完成しました。野馬追いの里・南相馬市では日本中央競馬会の協力を得て私設の馬場をつくる計画が進んでいます。安全・安心や生活利便性向上、アクセス向上といったインフラストック効果を最大限活用して、地域ならではの特徴を生かした産業や雇用の場が、今後の定住化や交流人口増加促進には必要不可欠です。
注文を1つ加えます。
復興事業の推進で分厚くなったインフラを生かすのは住民そのものであるということ。これまでとかく地域づくりは自治体・行政任せ、資金は国からという考え方が一般的でした。しかし、国は整備費用を負担しても、持続的運営費用を支出するわけではありません。
地域が縮小しても効率的に存続する、または地域連携によって必要な施設利用を共有するといった、本当のコンパクトシティーのあり方を、行政任せでなく地域全体で冷静に時には重い決断も覚悟して、それぞれの地方創生を実現してほしい。
■地方創生を下支えする建設業
最後に。人が生活し経済活動を行う上で、インフラは必要不可欠ですが、整備や維持管理は言うに及ばず、いざという時に建設業の存在は欠かせません。医療に例えるなら、地元建設業は地域の町医者であり、企業規模の大きな建設業は高度医療機関に例えられます。国民の安全・安心な生活に寄与し経済成長をけん引するインフラ整備や維持管理を担う役割を持つ建設業が、これからも地方創生や日本の経済成長を下支えする役目を果たすために健全に発展してほしいと思います。
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1月下旬から2月下旬にかけて本紙記者が岩手、宮城、福島の3県の33被災自治体を訪れ、「被災地のいま」を取材しました。自治体関係者はじめ協力していただいた方々にお礼申し上げます。
◆東日本復興報道本部総括 秋山寿徳
◆取材班 飯田健人、石井信吾、川合秀也、今野英司、佐藤俊之、佐藤智昭、柴田健二、
竹本啓吾、田中一博、津川学、 中村誠大、堀井啓一、松下敏生、松本龍二
◆紙面編集 山口浩平
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