2015/05/09

【けんちくのチカラ】俳優・劇作家・演出家の高泉淳子さんとブルーノート東京

俳優、高泉淳子さんにとってジャズクラブ&レストランの「ブルーノート東京」と昨年末閉鎖した「青山円形劇場」(こどもの城)は、ある戯曲でつながっている。それは、高泉さん作、主演によるレストランを舞台にした物語『ア・ラ・カルト』だ。昨年末、例年どおりクリスマスの期間に青山円形劇場の最終公演として連続26年の舞台を終え、今後、新たな空間での公演を考えている。

早稲田演劇研究会出身の高泉さんは同大卒業の1983年「遊1機械/全自動シアター」を立ち上げ、小劇場や映画館、青山円形劇場という「劇場の匂いのしない空間」での公演を続けた。88年。「『ア・ラ・カルト』の戯曲を思いついた時、クリスマスのレストランの物語は、青山界隈、表参道がいいなと思ったんです。いろいろ探し歩いたのですが、見つからなくて。途方に暮れてオープンしたばかりのブルーノートに入ったのを覚えています。こんなところでできたらいいなあ……って思いましたね」。翌89年、使い慣れていた青山円形劇場をレストランに仕立て、連続公演の第1回がスタートした。

昨年末に閉鎖された青山円形劇場
円形劇場での『ア・ラ・カルト』の公演は、話の面白さとジャズの生演奏との構成、高泉さんがいろいろな客人に変身する見事さと、それまでになかった新しいスタイルの舞台が評判を呼び、毎年クリスマス期間中の公演は、年ごとに観客動員が増えていった。自由につくれる舞台のサイズはどんどん小さくなって、その分客席を増やしていったという。高泉さんの中で、26年連続公演の軌跡は、ブルーノート東京の歴史とほぼ重なる。

26年の大ロングラン『ア・ラ・カルト』の一場面(青山円形劇場)
「円形劇場とブルーノートは、距離も近くて歩いて15分くらい。セカンドステージが夜の9時過ぎからなので、稽古が終わってからでも間に合うんです。ジャズが大好きで、早大で芝居、立教大のバンドでボーカルと、学生時代から並行してやっていましたので、ブルーノート東京ができるのを楽しみにしていました。戯曲を書くのがいき詰まった時なども来ていました。ブルーノート東京のオープンが円形劇場での公演が始まる前年ですから、公演場所が見つからず途方に暮れて初めて入った時から、ずっと身近な場所ですね。劇場ではない空間の一つとして、今でもここで歌うのが夢です。いつか絶対に出る、って宣言しておきます(笑)」

閑静な通りに、入り口のネオンがポッと浮かぶ
なんといってもロケーションがいいという。
 「青山通りを背にして一本通りを歩いて行くと、だんだん静かになっていくでしょ。周りの建物も低層でデザインも落ち着いた佇まいですよね。クリスマスの夜などは、にぎやかな大通りからすっと入ってくると、間口の小さな店の明かりがポッと点いていて、素敵なんです。ニューヨークのエントランスより私はこっちの方が好きです。入口の扉を開けると美術館に入ったようなひんやりとした静けさがあって、ふと顔を上げるとジャズミュージシャンのモノクロの写真が並べてある。テンションが上がりますね。重厚感のある木の階段を降りていくとロビーがあって。さらに階段を降りていくと……、そこにはテーブルが並べてあるレストランが広がっていて、その先にライブステージがあって、まさかと思わせる空間ですね」

全体の座席数は約300席
初めて入った時、小さいころから大好きだった『不思議の国のアリス』の穴ぼこに落っこちたような……。ここのテーブルに座ると『ア・ラ・カルト』で使いたいジャズやら、話やらが浮かんできて-。
 「そんな思いが募って、このブルーノート東京の空間をイメージにしたジャズ物語『メランコリー・ベイビー』という作品を書いて、青山円形劇場で上演しました」
 プロセニアムの典型的な劇場での戯曲を書き、公演もしてきたが、好きなのは劇場の匂いのしない空間だ。
 「客席と呼吸感を合わせられる空間がいいですね。それと美術を作り込んだ舞台ではなく、オブジェを一個置くだけで変わるような、光の当て方を工夫することなどで、人の想像力を掻き立てる仕掛けが好きです。円形劇場はいろいろ変身させることができた空間でした。劇場らしくない無機質さを持っていたというのかな、いつもゼロから迎えてくれる。そんなところが気に入っていました。まさか、劇場の閉鎖で芝居ができなくなるとは思ってもいませんでした。これからまた、クリスマス時期に、新たな空間で、斬新な作品ができたらと思っています」

子どものころは映画や神楽が楽しかったという
小さいころは、父との映画、祖父との神楽、神社の境内が突然八百屋さんになる「八百屋市」などがとても面白く、友だちとは病院の廃屋で遊び、引っ越して誰もいなくなった空き家の空間に強い関心があった。

出演の夢の実現も熱く語ってくれた(ブルーノート東京で)
「空き家になった場所を見て、空間は人が創るものなんだと考えていました。大学浪人生のころ、仙台の西公園で、演出家の佐藤信さん主宰の黒テントの『キネマと怪人』を観てしまって(笑)。強烈でした。それが今の私の原点です。青山こどもの城跡地にテントを建てて、クリスマス期間限定のレストランの公演ができたらいいのになあ。夢ですね……。本気で夢見てます」

 (たかいずみ・あつこ)早稲田大学出身。卒業後、1983年に「遊1機械/全自動シアター」を結成し、劇作、主演。少年、少女から老人まで、あらゆる人物を演じる役者として人気を得る。演劇にジャズを取り入れた作品も多く、音楽界からも注目される。89年からレストランの話を舞台にして、ジャズの生演奏とともに繰り広げる『ア・ラ・カルト』は、芝居と音楽の新しい作品として話題を呼び、昨年で26年の大ロングランとなる。2004年、村上春樹の短編を舞台化した『エレファントバニッシュ』のニューヨーク、パリ、ロンドン公演で世界的評価を得る。
 08年に劇団解散後、イラストレーターの宇野亜喜良の美術で『大人の寓話』を作・演出。09年には由紀さおりの40周年記念『いきる』の新しいステージソングの構成・演出が話題になる。91年『ラ・ヴィータ』で文化庁芸術祭賞受賞。09年『ア・ラ・カルト』でスポニチ芸術優秀賞受賞。14年『ホロヴィッツとの対話』『ア・ラ・カルト2』で第21回読売演劇大賞優秀女優賞受賞。宮城県古川市(現大崎市)出身。

【建物ファイル】
 米ニューヨークの名門ジャズクラブ「Blue Note」の姉妹店。飲食と世界の一流アーティストのライブが至近距離で楽しめるジャズクラブ&レストラン。1988年11月28日、東京・南青山骨董通り沿いにオープン。開店10周年の98年11月、骨董通り近くに移転、リニューアルオープンした。2013年の25周年を機に、地下2階のクラブを改装しオープン。
 インテリアデザインは、商業施設のトップデザイナーとして海外でも高い評価を受けている小坂竜さん(乃村工藝社のデザイナー集団A.N.D.)が担当した。小坂さんが特別デザインしたシャンデリアがひときわ目をひき、上質でシックな空間になっている。座席数は約300席。住所は東京都港区南青山6-3-16、ライカビル。
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