2015/05/31

【建設新未来】新潟の建設業×農業が生み出した「いちごカンパニー」とは?

1年を通して大きな需要のあるイチゴは、国内での供給力がダウンする夏秋期の需要への対応が課題だった。新潟県内の建設企業と農業者らが設立した「いちごカンパニー」は、LED(発光ダイオード)を使った閉鎖型植物工場で通年栽培することに成功し、昨年から販売を開始した。世界でも先例のない快挙に注目が集まっている。拠点を新潟に置きつつ、IoTを活用し、フランチャイズによる栽・販(栽培・販売)一体の広域的な事業展開も想定。その延長線上には、都市部におけるMDファーミングビル(多次元農業ビル)構想を描き、新しい食糧供給モデルの創出を視野に入れる。同社の小野貴史社長、松田祐樹副社長とともに、元東芝上席常務・コバレントマテリアル社長で、専用LEDの開発や事業全般のアドバイザーとしてかかわった香山晋Kアソシエイツ社長に、着想から事業化までと、今後のビジョンについて鼎談していただいた。

--いちごカンパニーは2年前の2013年5月に設立されました。そこまでの経緯を

いちごカンパニー社長 小野貴史氏
 小野 民主党政権発足後3年を経た2012年ころ、公共事業の継続的な大幅削減で全国的に地域建設業の疲弊や存続の危機感が非常に大きくなっていました。たまたま、「三方良しの公共事業改革」のベース理論であるTOC(制約理論)に出会い、地域建設業とは地域の問題解決企業であるとの意を強くしていたころです。当社の地元、新潟県胎内市でも様々な問題が山積し、中でも農業の再生は喫緊の課題のひとつでした。そんな時、当時は近隣で福祉事業やNPOで農家支援に取り組んでいた松田さんにお会いしました。
 松田 まったく偶然の出会いだったのですが、小野さんとはこの地域が抱えているいろんな課題について話をしました。その中で胎内市内での農業の衰退が深刻だと聞きました。新潟特産のイチゴ、「越後姫」が実が柔らかくて輸送には適していないことも話題になりましたが、ちょうど小野さんから近く廃校となる小学校があると聞き、それを借りて、植物工場として何か栽培できれば、自然条件に左右されずに安定した農業生産が可能かもしれないという話になった。前後して、イチゴ栽培経験の豊富な農業スタッフから、閉鎖空間でLEDを使ったイチゴ栽培の可能性を聞き、夏場の収穫が不可能といわれているイチゴで通年栽培ができれば、夏場の需要を一手に取り込むことができると考えました。

◆地域農業の課題解決
 小野 とりあえずすぐにLEDの調査を一緒に開始し、大学などの研究機関にも通いながら、LEDさえうまくいけば可能性はあるとの感触を得、廃校を利用して取り組んでいくことで意気投合しました。資金も少ない中、スピード感を持って進めるには独自開発しかないということで、13年2月から自前で開発に入りました。その途中で相談にうかがったのが香山さんでした。
 香山 小学校まで胎内市に住んでいたことが縁で知己だった小野さんが松田さんと2人で相談に来られ、LED照明の希望要件を最初からきっちりと提示してくれましたので、それを踏まえて所属するエキスパートがプロトタイプを設計、試作し提供しました。
 
いちごカンパニー副社長 松田祐樹氏
 松田 13年5月に会社を設立して、廃校で実験を始めたのがその秋から。LEDで実がつくか、蜂による受粉ができるかがポイントでした。何とかクリアできたのですが、うどんこ病が発生し、実も高付加価値といえる水準には達していませんでした。その後、試行錯誤を重ね、病害虫発生をコントロールすることに成功。大きさや糖度、コクやまったり感といった味もコントロールできるようになり、年に1回しか採れない小苗も、通年いつでも作れるようなシステムを構築し、14年12月から待望の越後姫の販売を開始したのです。
 香山 そのプロセスは、想定外の問題が次々と起こり、予想以上に苦戦の連続だったようです。収量を確保するために棚を多段式にし、入手可能な最適と思われるLED照明を配置して、温度、湿度、炭酸ガス濃度の調整や、水と肥料の補給など、考えられる限りの最適条件を設定していましたが、イチゴは室内の環境に敏感に反応し、予想と異なる成長パターンを見せ、屋内という環境でも病気の発生は免れませんでした。

◆蜂による受粉に成功
 松田 閉鎖空間で太陽光のない中、蜂による受粉はありえないといわれていましたが、宇宙ステーション内を想定した関係論文も参考にし、また蜂の生態を徹底的に調べて仮説を立て、実験した結果、期待以上の成功を収めました。イチゴは常温で生のまま食べるのが最もうまい。そのため、病害虫が発生しても薬剤は使わないという原則だけは曲げませんでした。その結果、噴霧の手間を省くことができ、設備機械への薬の影響も回避できるというメリットも生まれました。

-閉鎖空間でLEDだけでイチゴの実を栽培すること、さらに太陽光のない中で蜂で受粉することは、世界でも先例がないと聞いていますが

 小野 植物工場という器を作る建設業としては、コストを度外視すればいくらでもハイスペックの「理想的な閉鎖空間」を構築できますが、それでは普及が難しくなる。実際、当初はオーバースペックとなり、スペックの下限をどの程度に定めるのかがポイントでした。その作業は農業者と小野組の担当技術者が現場で話し合いながら詰めていきました。地域建設業のシンプルかつ総合的な現場力があったからこそ問題解決できたと思います。

◆現場コラボで最適化
 
Kアソシエイツ社長 香山 晋氏
 香山 現場で建設と農業の各専門家をはじめ、関係者が皆参画して目標を共有しつつコラボしながら最適環境を作っていました。しかし、先端技術を視野に入れれば、さらに改善の余地がある。具体的にはLED照明の最適化、環境の重要パラメーターの測定と評価、それらをフィードバックして制御するシステムの構築、さらに植物工場としての全体系を成長に合わせて最適な条件で運用できるように、協働して開発を進めました。一連の作業は何よりも大企業とはスピードが違った。議論のための議論はしない。米国のベンチャーでは一般的だが、日本ではまれなスタイルだと思います。課題が見つかれば解決できるという前向きな姿勢で一貫していることも素晴らしい。大企業は多くの技術者を抱え、先端技術を駆使することは得意だが、業務が細分化し最適化の柔軟性に欠ける。目的が明確でコンパクトに実現しようという時には、無駄のない要求仕様を明確にできるかどうかがかぎで、その点でも徹底していたと思います。

--販売、普及の事業形態について

 松田 化学農薬を使わず成熟したイチゴが収穫できるように、苗の生産工程も工場内に組み込んだ構成も実現しました。輸送段階も考慮した斬新なパッケージも作りましたが、さらに遠距離輸送に耐える構造を検討しています。糖度や大きさなどをコントロールするめどはつけましたが、高付加価値化の最後のハードルは鮮度でした。「栽販(栽培と販売)一体」ができれば価値観がまったく異なり、コストも削減でき、価格も外部環境で左右される要因が大きく減少できます。それらをフランチャイズとして地域で実現できれば新しいビジネスモデルになるだろうと考えました。

◆再現性確保へIoT
 小野 ただ、フランチャイズで栽培環境の再現性を確保するためにはIoT活用が必要で、最適な条件をデータ管理し、栽培の経験がなくてもクラウドなどIoTでサポートし、場所に関係なく再現性を担保していくシステムが求められます。苗の栽培は農業経験がないとできないので、苗をつくる拠点は新潟に置き、苗をポットに入れて送り、各地の「工場」でイチゴを栽培・コントロールするというシステムにしました。最近、「ヴァーティカル・ファーム(垂直農園)」という概念が話題になっていますが、われわれは当初からスケーラブルに規模の大小を問わず柔軟に対応できる構造を目指してきました。今、まずはその概念を既存のビルに活用できるのではないかと考えています。栽販一体の多次元な農業にするのです。栽培システムの販売についてはすでに国内外から多数引き合いがありますが、今年度には説明会を開き、志を同じくする人を対象に選んでいく方針です。台湾や中国、サウジアラビア、シンガポールなどの海外からも打診が相次いでおり、都市での栽販一体が実現すれば、世界的な人口爆発に伴う食糧問題の解決にも多少なりともつながっていくのではないかと期待しています。

◆都市・地方の役割分担

 松田 地方で栽培の仕込みを行い、都市で栽培・販売・消費するという、新しい食糧供給モデルであると考えています。イチゴにとどまらず、葉ものを含めた常備野菜を無農薬、高品質で都市部で生産し販売します。都市と地方の役割分担で、地方の活性化にもつながるし、都市に展開するショップは災害時に食糧庫にもなります。こうした多面的な、多次元の機能、役割を持つ、この都市拠点をMDファーミング(多次元農業)ビルと命名しました。新しい次元のLEDを手に入れ、最も難しいとされたイチゴ栽培に成功したことで、穀物も含めた他の様々な植物栽培には自信を持っています。経済性と態勢が整えばMDファーミングビルの実現は5年以内には十分可能だと考えます。

◆多様なつながり形成
 香山 いちごカンパニーが、夢とビジョンを広げながらも、プラットフォームをしっかり作るというやり方で進めているところに正直感心しました。フランチャイズというより、むしろアライアンス(同盟、提携)というべきでしょう。都市と地方は本来対立概念ではないと思いますが、プラットフォームの開発と実証が進み、そこで確立されたものが都市に持ち込まれて効果を一番発揮しやすい形で展開されれば、さらに地方の役割も広がっていくはずです。MDファーミングビルは、単に植物工場的な部分だけを取り出した経済性だけでなく、街全体の社会的な意義、使命、魅力として組み込まれていってこそ価値が出てきます。MDファーミングビルが次世代の大規模都市開発に積極的に採用されていけば、大都市と地方との新しいアライアンスの形成という意味でも大変有意義だと思います。「多次元」という概念には、空間だけでなく時間軸も入っており、時間とともに進化するという意味合いも含んでいます。いろんなところとの連携、つながりという多様性があり、MDファーミングアライアンスといってもいい。空間を最大限効果的に活用するという意味でも世界に通用する概念だと思います。
 小野 地域建設業としては、当初の目的である地方の中山間地域の再生、活性化といった問題解決につながる、現時点での最適解がMDファーミングなのです。現在の栽培拠点がある胎内市を文字どおり「胎内」として、価値を生み出す研究開発、研修の拠点となる「ラボバレー胎内」と位置づけ、そこから今後、いろいろなものをクラスター状に生み出していきたいと考えています。

■新潟から全国へ、世界へ いちごカンパニー
 小野組(本社・新潟県胎内市、小野貴史社長)と県内の農業関係者が共同出資して2013年5月に設立した「いちごカンパニー」の生産拠点は、同市内にある廃校になった小学校校舎だ。LEDを使った閉鎖型植物工場で、新潟ブランドのイチゴ、「越後姫」を通年栽培している。14年12月のネット販売開始後、注文が殺到。現在1カ月待ちの状態だ。販売価格は1個500円で、4個入りと12個入りの2セットをそろえている。栽培システム自体への引き合いも多く、同社では今年度内に説明会を開くことにしている。スケールフリーの自動制御設備を開発し、栽培ユニットは60㎡程度の小規模スペースから大工場まで対応可能で、クラウドシステムなどによるバックアップで農業未経験者でも1カ月程度の研修で栽培管理できる。

■M.Dファーミングビル(多次元農業ビル)Multi Dimensional Farming Building

農産物とその加工品を生産・供給する都市型複合ビル。自動制御されたシステムにより、無農薬・完熟の高品質の農産物を最小限の人員で計画的に大規模生産が可能。都市部消費者に採れたての農産物を供給する。上層階では完全閉鎖型でイチゴやトマトをLED栽培したり、太陽光も使って樹木や花卉などを栽培する。低層階には上層階で生産された農産物の直売所などを配置。カフェ、レストランでは流通・仕入コストを大幅に削減しながら高付加価値商品をダイレクトに提供することで高い収益性が得られる。ビッグデータを利用した最適化により廃棄や在庫をゼロに近づけることも可能だ。災害時には地域の食料供給拠点とすることも視野に入れている。場所も時間も使い方も多岐にわたる可能性を持った多次元農業ビルだ。

■地方創生のモデルに

イチゴを試食する泉田知事
いちごカンパニーの植物工場には訪問客も多い。行政関係者が中心だが、テレビ局など報道機関も連日のように押しかけている。ことし4月には泉田裕彦新潟県知事も視察に訪れた。重さ59グラムのイチゴを試食し、栽培室を見学した知事は、県内企業などが連携して開発した栽培技術とフランチャイズ展開を想定しているビジネスモデルを高く評価。「これはいける。新潟発のノウハウを全国に提供し、付加価値がまた新潟に環流してくるという、地方創生のモデルになる。県としてもバックアップしていきたい」と語っていた。
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