2015/05/31

【BIM】デジタルデザインと向き合う 明大教授・小林正美×建築家、東大教授・隈研吾×日建設計執行役員・山梨知彦

BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)に代表されるように、建築生産にデジタルデザインの流れが急速に広がり、教育や職能のあり方にも変化の兆しが見え始めている。世界に通用する建築家の育成を目的に組織されたデジタルデザインワークショップ(DDW)で総合ディレクターを務める明大教授の小林正美氏、DDWの特別アドバイザーである東大教授で建築家の隈研吾氏と日建設計執行役員設計部門副統括の山梨知彦氏は、この時代をどう受け止め、向き合おうとしているか。小林氏の進行でデジタルデザイン時代の建築家について語ってもらった。
 
■顧客もBIMを求める流れ

 小林 2014年秋にDDWを立ち上げ、世界に通用するデジタルデザインを学ぶ教育プログラムをスタートしましたのも、建築を取り巻く流れが大きく変わり、デジタルデザインを軸に建築教育、そして実務のあり方そのものが転換点を迎えていると考えたからです。ただ、学生も、実務者も自分たちがこれから先どのように進むべきか判断できずにいる状態にあります。BIMを推進する企業は数多くありますが、設計事務所もゼネコンも、それぞれの企業の枠内で考え進めています。建築生産という大きな枠組みでみた場合、本当に今のままで良いかと心配になる部分もあります。実際の設計現場では、デジタル化がどれほど浸透し、それにどう対応していますか。
 山梨 デジタルデザインを考える時、コンピュテーショナルデザインという最先端のデザインの流れと、BIMのような生産そのものをボトムアップする流れに区分けされると考えます。当社では、そのどちらかにもかかわりながら仕事をしています。意匠設計の範疇に限れば、BIMで取り組んでいるプロジェクトという割合は、まだ全体の30%ぐらいでしょうか。しかし、構造設計は構造計算を3次元で進めていますから、100%BIMと言って良いでしょう。エネルギー効率や建物解析などのシミュレーションも含めれば、ほとんどのプロジェクトで使っています。つまり、BIMと聞かれれば30%ですが、デジタルデザインと聞かれれば、大半が当てはまります。

◆いつのまにかデジタル化
 小林 組織の中でBIMもしくはデジタルデザインはうまくかみ合っているのでしょうか。

小林正美明大教授
山梨 正直に言えば、BIMのようにトータルなシステムでやるのはギクシャクしている部分もありますが、手書き派を豪語するような設計者もシミュレーションや構造計算でデジタルを使っていますから、本人が意識せずにデジタル化されてしまっている状況という見方はできると思います。
  私は以前は、BIMは当分必要ないと思っていましたが、事務所ではカタチの生成などにパラメトリック・デザインツールをスタッフが使いこなし、完全に道具化しています。小さなエレメントをどのくらいのバランスでやるのが、このプロジェクトに合っているかとか、構造担当と行ったり来たりさせながらやっています。そういう意味では完全にデジタルデザインに移行していると言えます。
 最近取り組み始めたオーストラリアの仕事ではBIM対応が契約の条件として義務付けられました。BIMについてはいつかやろうと、のんびり構えていましたが、ここに来て急に状況が変わり始めています。クライアントの方から言われ、対応せざるを得ない感じです。カナダのディベロッパーの仕事でも同じようにBIM対応を求められました。海外で仕事をする上で、BIMが欠かせない状況になりつつあります。
 山梨 実は、日本でもクライアントからBIMの使用が条件にされているケースは増えています。中には、データフォーマットやLOD(モデル詳細度)まで細かく規定されるようなプロジェクトもあります。クライアントがBIMを要求するような時代になっています。
 隈 日本での仕事では、監修やデザインアーキテクトという位置付けでプロジェクトに参加するケースが増えています。特にディベロッパーはプロジェクトの中身に応じて大手設計事務所にすべてを任せる場合と、デザインアーキテクトを加える場合があります。ある程度の規模を超えたプロジェクトはほとんどがそうなりますが、見方を変えれば、日本ではアトリエ事務所に100%仕事を任せるのは中規模以下の公共建築に限られているような状況に取り巻く環境が変わっているように思います。ところが海外のマーケットで見れば、そうした日本の傾向は特有の現象です。
 一方、海外ではBIMとの結びつきが強く求められるようになり、BIMができないと建築家として生きていけない時代にもなっています。デジタルデザイン力が設計者を決めるクライテリアであり、設計者のレベルを見定める尺度でもあります。中国ではデザインアーキテクトの立場で仕事をし、BIMを求められるようなことはありませんが、欧米など海外で仕事をする際はデジタルデザインのレベルが問われます。まだヨーロッパではBIMで描けという圧力は少ないですが、アメリカやオーストラリアではかなり強まっています。
 小林 デジタルデザインの流れが強まったことで、設計組織のあり方も変わりつつあるように感じます。

◆攻めと守りに設計の進化
 山梨 日建設計では数年前に2つのチームを組織しました。デジタルデザインラボという実験的に何でもやってみようというチームと、3DセンターというBIMで整合性の高い高品質の設計を実践するチームです。守りのBIMだけでは設計の進化は見えずにピンと来ません。一方、攻めのBIMだけではアトリエとの差別化に結びつきません。そこであえて性格の異なる2つの組織を置きました。当初はともに3人からスタートし、いまではラボは20人、センターは30人ぐらいの体制に育ちました。オール3Dの仕事が着実に増えていることも要因にあります。
 割合にすると、BIMは全体の30%ですが、新人はBIMを当たり前のように使いこなしています。こんなケースもあります。あるディベロッパーの仕事ではカタチを決めるのでなく、ジェネレーティブに建物のフォルムを提示し、意見を聞いてから具体的に設計を進めています。ツールも昔と比べて大きく変わっています。
 
建築家 隈研吾東大教授
 隈 まさに実験と実務の2つに取り組まないと、設計事務所としての魅力自体も薄れてしまうでしょう。優秀な人材も集まってこないと思います。学生も、われわれと同じように、常に建築がどこに向かっているかを考えています。デジタルデザインが浸透する中、建築の変化を常に追い続ける事務所、建築家でなければ、成長はありません。

■アナログ的ものづくりと融合

 デジタルデザインの進展に呼応するように、建築教育のあり方も見直しを迫られている。デジタルデザインワークショップ(DDW)総合ディレクターを務める明大教授の小林正美氏、DDW特別アドバイザーの建築家で東大教授の隈研吾氏と日建設計執行役員設計部門副統括の山梨知彦氏は、教育とのかかわり方をどう分析するか。

 小林 日本の学生はデジタルデザインへの意識をあまり強く持っていないようにも思います。大学の先生もデジタルデザインに前向きな方と、そうでない方に二極化しています。厳しい言い方かもしれませんが、このままでは今後、日本の建築家はグローバル市場で遅れをとってしまうでしょう。
 隈 確かに日本では、クリエイティブであり、デジタルデザインにも長けた人材が海外に比べて少ないように思いますが、それほど心配しなくても良いと思います。うちの事務所には多くの外国人スタッフがいますが、実は彼らが相互教育の場を生み出し、若手の日本人スタッフに積極的に教えたりしています。重要なのは、そういう良い関係性を生み出すような職場環境を組織の中につくってあげることだと思います。
 山梨 即戦力で3Dの部分だけを見たら海外の学生の方が優秀です。ただ、学生の時にはツールの使い方よりも、むしろリテラシー、デジタルの読み書きの基礎力、そのセンスを養うべきです。つまり、スクリプティングのセンスとか、アルゴリズム的な考え方です。設計を手続的に説明できるような人はデジタルな志向に向いていると思います。

◆良質なBIM技術者の育成が急務
 小林 確かにリテラシーの部分はすごく重要ですが、私はまず英語を習得し、合わせて即戦力で世界に通用するようなデジタルツールの習得も必要だと考えます。2014年秋からDDWを始めたのもそうした理由があります。この春からはBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)講座も始めることにしました。日本ではようやくBIMが普及し、クライアントが成果物としてBIMデータを条件付けするプロジェクトも出てきました。良質なBIM技術者の養成が急務になっています。
 山梨 当社の状況を例にすれば、組織をマネジメントする役割の50代はBIMやデジタルデザインを推奨していますが、これらの人は実際にはBIMを触らない世代です。肝心の30代から40代半ばぐらいまでの人材が、BIMに前向きな人とそうでない人に分かれています。この前向きでない人をいかにデジタル化するかがもっとも難しいところです。20代は3Dに前向きで、上の世代とはマインドが違います。敷居が低く、吸収も早いですが、デジタルデザインをアナログに変換して自分の目で確かめるような意識を養う必要もあります。ものづくり的なことを考えながらデジタルとつなげていくセンスが問われているということです。デジタルデザインは細かな部分を突き詰めることができますから、実はアナログ的なものづくりに近づいてきます。
 隈 私も同感です。建築では、デジタルとアナログを融合させた様々な実験ができます。他の分野と比べても、一番可能性があります。本当に建築は奥深く、そこが非常に面白い部分なのです。デジタルデザインを進めていくと、必然的に模型が昔よりも多くなります。海外のデジタルデザイン教育の場では、汚らしいぐらいに模型があちらこちらに転がっています。当然、実務の場もそうなります。

◆大量生産に負けない一品生産が実現可能に

 山梨 デジタルデザインにおける建築の可能性については私も強い期待感を持っています。ル・コルビュジエは大量生産の美学を建築に持ち込みました。ドミノシステム(1914年発表のRCによる住宅建設)のことですが、実は当社もある意味でドミノシステムの考え方で設計を進めています。わかりやすく言えば、デジタルデザインで大量生産のパーツを作成していますが、実はそれぞれが均一スパンのように見えても、実際は1本ずつ異なった柱です。建築とデジタルファブリケーションの融合は大量生産を効率的に行うのではなく、複雑で面倒な部分をコンピュータにやらせて正しいあるべき一品生産=マスカスタマイゼーションへとつなげなければなりません。一品生産でありながら、大量生産に負けないクオリティーや再現性を実現できますから、実に建築向きだと思います。
 隈 コモディティ化するというのは、実はすごく大変で難しいことだと思います。それを建築で実現するとなれば、社会システムまで話を広げないといけなくなります。コモディティをどうつなげるかによりますが、日本人にはあまり向かないような気がします。逆に、細かな部分まで突き詰めていくデジタルデザインによる建築づくりは、とても日本人に向いています。しかしながら、日本は遅れています。これは教育にも責任があります。失われた30年というのが根底にあると思うのです。
 
山梨知彦日建設計執行役員
 山梨 コンピュータのリテラシーやスクリプティングの授業が少しあるだけで、日本の建築はすごく広がり、そこから日本ならではの方向性も出てくるかと思います。
 小林 失われた30年を今後どうリカバーしていくか。緻密な日本人が、BIMマネジャーとして世界で活躍できるか否かにも影響してくると思います。

◆日本人が得意な「転換能力」を生かす教育システムを
 隈 海外の設計事務所では日本人がすぐ活躍していますし、すごく優秀です。バーチャルなものをリアルにしていく転換能力というのは日本人の得意な部分なのです。
 小林 話は変わりますが、2020年の東京五輪以降、日本の建築や設計者のあり方は大きく変わる可能性を秘めていると思いますが如何でしょうか。
 山梨 よく五輪以降の建設マーケットがシュリンクすると言われますが、そうは思いません。デジタルデザインが進むと、ライフサイクルを通じて建築がデジタル化されていきます。これまで建築家は竣工するまでが仕事でしたが、建築がどうオペレーションされているかを把握する術が出てくれば、ビル管理の部分まで建築家はコミットできます。自ら設計した建築が想定した使われ方、性能を発揮されているか否か、そこまでフィードバックできれば、建築のレベルも大きく変わります。アートとしての建築というよりも、工学としての建築は大きく変わり、まったく違った次元に建築は進んでいくはずです。建築家の仕事は設計で終わらず、ライフサイクルを通してつながっていきます。
 隈 私は、東京五輪の開催までが重要だと考えています。ある意味でチャンスであり、この数年間で教育システムも含め変えていく必要があります。教育の部分が機能すれば、人材の質も幅も広がります。いまのデジタルデザインの流れが、新たな教育システムと連動すれば、日本から飛び出していく人材が山ほど出てくるでしょう。この数年でどこまで変われるか、東京五輪後の飛躍もそれ次第なのです。

 デジタルデザインワークショップ(DDW) 世界に通用するデジタルツールの技術習得と、創造性を発信する場として2014年秋に発足した。デザインコースに加え、BIM講座も開設。場所は東京都千代田区神田駿河台1-5-5レモンパート2ビル6階。詳細はhttp://ddw.co.jp/

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