2016/11/13

【都市を語る】“木陰”と“連続するにぎわい”が街を発展させる 建築家・佐藤尚巳氏


 建築家の佐藤尚巳氏が「佐藤尚巳建築研究所」を設立して20年となる。この間、「武蔵野市立吉祥寺シアター」や「いわき芸術文化交流館アリオス」などの優れた建築を世に送り出し、東京都心部での大型再開発プロジェクトにもデザインアーキテクトなどとして参画。2003年からは港区景観アドバイザーとしても活動している。「歩いて楽しい街」に向けて、にぎわいが連続していくきっかけづくりを常に意識しているという佐藤氏に、東京の「街」へのかかわりとこれからの望ましい姿などを聞いた。
 ラファエルヴィニオリ建築士事務所東京事務所長として、東京国際フォーラムを担当した後、独立して現事務所を設立したのが1996年11月。その最初の10年は「一番経済的にも沈んでいた時期」だったと振り返る。転機となったのがデザインコンペで選ばれてデザイン監修を担当した「神保町一丁目南部地区第一種市街地再開発事業」だ。この仕事を通して「東京という街に対して、まちづくりの観点から提案していきたい」という思いを改めて強く認識したという。

◆常に望ましい姿問う
 根底には米国での生活体験がある。「ニューヨークのアベニューはストリートファサードがしっかり構築されていて、歩いていても全然疲れないし楽しい」。それに対して「日本の街は1つの建物、プロジェクトだけを見れば完成形としてはいいのだろうけど、街の中での連続性という点ではなにかちぐはぐ。もう少し連続的に広がっていかないと歩いて楽しい街にはならない」と指摘する。
 自身がかかわるプロジェクトでは「街並みをどうやって連続させるきっかけづくりになるか」を視座の中心に置く。神保町一丁目の再開発では1階部分の店舗を「より通りに近い位置に張り出すかたち」で連続して配置することを提案。吉祥寺シアターでも「街路文化、路地文化の街」という吉祥寺の街並みとの調和を考え、前面の通りがロビー化したような設えとともに、通りに面した3層バルコニーの「都市回廊」などを提案し、親しみやすく心地よい、安心感のあるスペースをつくり出している。

デザインアーキテクトとして参画した「青山OM-SQUARE」
青山通りに面した再開発プロジェクト「青山OM-SQUARE」では、当初のプランを変更し、ビルを空中に浮かせて敷地中央に北側のラグビー場へ抜ける「GAIEN ALLEY」と呼ぶ街路を提案し、これに沿って店舗やショールームを配置。一番奥にはレストランと通りから連続するにぎわいある空間をつくった。「与えられたものに対して回答を出すのではなく、その街の望ましい姿は何だろうと常に問い続ける中から生まれてきた発想」だという。

◆景観は社会への責任
 こうした姿勢は港区の景観アドバイザーとしても一貫している。「景観とは迷惑な規制ではなく、社会に対する責任」であり、「その街の特性を生かしながら、その街の魅力を高めるようなことができないか」という観点からアドバイスしている。「超高層だったら街のシンボルとなるような、足元は足元でその通りの特性をより生かす、その街をより魅力的にするストリートファサードを形成してほしい」と呼び掛け、そうした取り組みは「不動産価値を上げ、街全体の資産価値も高めていく」と確信を持って語る。
 いま気に掛かるのが狭あいな商業地域に建つ「ワンルームマンション」だ。「足元が駐輪場と駐車場、ごみ集積場で占拠されて街に対する貢献度はゼロどころかマイナスになる」と強い懸念を示し、「新虎通り沿いにも建ち始めている」とあって、「いかに通りに面してにぎわい施設を設けられるようにしていくか」と思いをめぐらす。その一案として「シェアサイクル」に着目する。「敷地内に専用のポート(駐輪場)を設けたら駐輪台数の設置義務を緩和するようなインセンティブを与えたらどうか。数坪でもいいから商業施設の入る余地ができ、駅前の乗り捨て自転車問題も解決する」というわけだ。

◆木陰が発展もたらす

「青山OM-SQUARE」では敷地中央に街路を引き込むことで通りのにぎわいを
連続させた

 もう1つ提案するのが「並木」だ。「表参道はあのケヤキ並木があるからあれだけの商業のにぎわいができた。仙台の定禅寺通りも同じ。東京は特に亜熱帯であり、道行く人にとって夏の暑さを考えると木陰はものすごく大事」だと。緑を増やしていくという点で都内では武蔵野市の取り組みを高く評価する。「この20数年で公園を100以上増やす一方で木を絶対切るなという指導を続けてきた。その結果として周辺の市や区に比べて圧倒的に街のイメージや価値を高めている」とし、「木陰と連続するにぎわいがあるだけで街は間違いなく発展する。都心の区でもその仕組みをつくることが大事だ」と力を込める。
 事務所を構える浜松町で「最近面白い店が出始めた」と目を細める。「そういうものがずうっとつながっていくとさらに面白くなる。個性のある人たちが頑張ってしのぎを削っていく。やっぱり街づくりはひとづくりだと最近つくづくそう思います」
建設通信新聞の見本紙をご希望の方はこちら

Related Posts:

  • 【伊東豊雄】「一緒につくる建築の大切さ」を島づくりへ 瀬戸内・大三島のこれから 「(台湾の)台中オペラハウスはコンペから10年の歳月をかけて実現した奇跡的なプロジェクトだった。これ以上の建築を再びつくることは考えられない」。建築家の伊東豊雄氏は、11月にオープンする台中オペラハウスを自らの集大成に位置付ける。今後は、建築家のオリジナリティーを表現した「作品」づくりではなく、建築家としての活動・行動を重視する。その舞台となるのは瀬戸内海中央部に浮かぶ小島「大三島(おおみしま)」(愛媛県今治市)だ。4年前に伊東豊雄建築ミュ… Read More
  • 【建築】「五輪は選手が主役、建築は“祭りのやぐら"」 ロンドンの競技場を監理した山嵜一也氏 「オリンピック・パラリンピックは建築のみによって完成するものではなく、アスリートと運営が一体になることで完成する。2020年の東京五輪では建築の優先順位を考え、議論する必要がある」と建築家の山嵜一也氏は語る。山嵜氏は2012年に開かれたロンドン五輪で会場建設に携わり、馬術競技と近代五種競技を行った「グリニッジ・パーク」競技場の現場監理を担当した。山嵜氏は「成熟都市であるロンドンと東京には共通点が多い」とした上で「特に建築の扱いについては参考に… Read More
  • 【インタビュー】仏芸術文化勲章受章の安藤忠雄氏に聞く 安藤忠雄氏(撮影:林景澤) 建築家の安藤忠雄氏が、フランス芸術文化勲章の最高位であるコマンドゥールを受章した。近年日本人では、映画監督の北野武氏、歌舞伎俳優の坂東玉三郎氏が受章している。「文化大国であるフランスからこのような章をいただくのは大変光栄なことだ」と喜びを表す。  フランスとのかかわりは、建築家人生の原点だ。「写真で見たル・コルビュジエの作品に感銘を受け、初めてフランスに渡ったのが1965年。実際に作品を見て回り、建築家になろうと… Read More
  • 「居心地のいい場所をつくる」関西若手建築家の群像 前田茂樹氏  フランスのドミニク・ペロー・アーキテクチュール(DPA)でチーフアキーテクトを務めた経歴を持つ。自身にとってのいい建築とは「建つことによって居場所が多くなる建築」だとし、「配置計画と内部空間を均等に考え、多くの居心地のいい場所をつくっていきたい」と意欲を燃やす。 ◇安藤事務所でアルバイト  高校2年生の時に安藤忠雄氏の展覧会や書籍に触れ、建築家を志すようになった。阪大進学後に安藤忠雄建築研究所でアルバイトをするようになり、海外に飛び出し、… Read More
  • 【インタビュー】地方から発信する「持続可能なデザイン」 若手科学者賞受賞の渋谷達郎氏に聞く 山形市に拠点を置く若手建築家の渋谷達郎氏(アーキテクチュアランドスケープ一級建築士事務所代表)が40歳以下の研究者に贈られる2015年度科学技術分野文部科学大臣表彰の若手科学者賞を受賞した。「建築設計の実践に基づく持続可能な建築デザインに関する研究」が認められた。14年9月に5年間務めた豊橋技術科学工科大を辞し、故郷で本格的な設計活動を始めた。「ホームタウンで仕事をすることに意義を感じる。地域に長く愛される建築をつくりたい」と語る渋谷氏にこ… Read More

0 コメント :

コメントを投稿