2015/06/20

【山下PMC】イノベーションの余地拡がる「実需用途施設」 2020以降の建設学

今回は、収益用途施設の対極にある実需用途施設の話である。自らの生産品やサービスなどの実事業から収益を得るために必要となる施設のことであり、建物そのものから収益を上げられる施設ではない。実はこの実需用途施設が、ここ最近、大きな変容を遂げようとしている。画像は12日に起工した三菱電機の制御盤新工場(神戸市)。

 実需用途施設を必要とする事業者の代表格は製造業の方々である。日本を技術先進立国に引き上げ、世界における確固たる地位を築いてきた最大の功労者たちだ。その彼らでさえ、現在は先の企業存続さえ危ぶむくらいの危機意識をもって、次世代事業のあり方を見つめている。
 そして、これまでにも度々述べてきたように、これから大方の製造業でも新たな償却に向けてCRE(企業不動産)の切り替え(すなわち建替え)の問題に直面することになる。しかし、事業者はこれまでと同様の施設をそのまま造ろうなどとはまったく考えていない。事業体系のあり方が以前とは様変わりしてしまったからだ。今の日本の経常収支は、貿易収支の輸出ではなく所得収支の収入によって支えられている。所得収支の収入とは、企業が海外子会社から得る配当収入や、海外企業・子会社とやりとりされる特許を始めとする知的財産権の使用料収入などの合計額である。輸出立国の面影は、もはやこの日本には存在しない。それに、企業が国内から海外へと生産拠点を移している構図が変わったわけでもない。
 だから施設体系も、この流れに沿った形に転換させていかなければならないのである。国内で自社製品を大量に生産する工場を中心に置き、大規模な物流手法によって海外に輸出し、海外の販売施設から安く販売するような輸出型施設体系を改め、国内で知財管理・研究開発・人財教育訓練と限定生産ラインを一体化させてプロトタイプ生産品を創り、海外の工場で本格生産してその地で販売していくような所得収支型施設体系に変えていくのである。さらに言えば、経営機能・戦略機能・インテリジェンス全般(知財・人財だけでなく機密情報も含む意味で)やコアコンテンツだけを凝縮した形で国内に残し、生産や販売は事業運営ノウハウだけで施設などの固定資産を持たないようにして海外展開を図ろうというのである。ROA(総資産利益率)向上を突き詰めると、海外資産はフランチャイズやMC(マネジメント・コントラクト)にして従業員や経営まで切り離し、収益だけを得ていく極端な例にまで行き着くかもしれない。そうしなければ市場からの退場を余儀なくされるような時代が現実に到来したからである。
 国際優良企業が先陣を切って推進しようとしているこのような手法は、国内のあらゆる産業にも遠からず伝搬してくることになる。これまで強固な規制で保護されてきたような、いわゆる「岩盤規制」と称される医療福祉・学校・農業などの業界にもいずれは及んでくるだろう。これからは多種多様な業種で、主軸となるコア事業を中心に事業体系・施設体系の再編が進み、業種間での固定資産のやりとりも少なからず発生することが予想される。違う業種同士のやり方がぶつかり合うことによって化学変化が起こり、新たな先進的手法が生まれる。もちろん事業体系や施設体系も新たな形に刷新される。そこにはBCP(事業継続計画)、強靭化、低炭素対応、環境対応など建築分野の要素も多々含まれる。そして、それぞれ単独の施設、単独の用途で考えるのではなく、複合的、というより統合的用途としてとらえていくべきものになるだろう。現在のCRE戦略が、LCM(ライフサイクルマネジメント)的アプローチからではなく、根幹事業の戦略と連動したものからでなければならないと力説しているのは正にこのことである。
 このように、実需用途施設には収益用途施設とは比べものにならないくらいのイノベーションの余地が拡がっている。これだけダイナミックに大きく動こうとしている世界に私たちもチャレンジしない手はない。これら複雑に絡み合う課題を丁寧にひも解き、シンプルなダイアグラムでつなぎ合わせ再構築していくような解決手法が、今後私たちにも求められていくのである。
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