2015/09/20

【けんちくのチカラ】「からくり空間」が気づかせた行為と無為 振付家・遠田誠さんと吉祥寺シアター

2006年9月に東京都武蔵野市の「吉祥寺シアター」で上演されたダンスパフォーマンス『事情地域』は、振付家の遠田誠さんにとって、創作活動の大きな節目となる作品だった。1960年代の芸術活動「ハイレッド・センター」を本などで知って強い影響を受け、表現行為を劇場から社会に「浸食」させるため、空間の内と外の境界線上でさまざまなパフォーマンスを演じてきた。そんな矢先に「吉祥寺シアター」という内部空間に「呼び戻され」、何を演じたらいいものかと誰もいない客席で数時間じっとステージを見ていた。すると、思いがけない出来事が起こり、演目の構想が浮かんだ。それは遠田さんの感性のなせる技であるが、吉祥寺シアターの設計思想である「からくり空間」とも焦点が一致した。
 吉祥寺シアターで演じた2006年ごろは、劇場公演に飽きたらず、まちの至るところに「出没」してパフォーマンスを繰り広げることが多くなっていた。

◆街の中で、街の音で踊る

 「1960年代のハイレッド・センター活動のメンバーの一人、赤瀬川源平さんが千円札模造事件で、アートを裁判所にまで持ち込んで争ったことを知って、素晴らしいと思いました。それで自分なりの社会への『浸食』の仕方を考え、空間の内と外の境界で表現行為を考えるようになったんです。踊りの世界に入るきっかけをつくってくれた作曲家の水嶋一江さん、ダンスの師匠である伊藤キムさんなどからも多大な影響を受けました」
 吉祥寺では公演の5年前、駅前の横断歩道で『通りゃんせ』の音楽に合わせて踊ったり、JRの駅のホームで発車の音楽に合わせて踊ったりして、映像に納めた。
 「劇場の中での表現行為はダンスパフォーマンスとして『守られ』ますが、駅のホームのように劇場外で演ずると不審な行為になるんですね」
 電車の中やカフェなどでもパフォーマンスを展開し、関心を持つ人と持たない人の温度差や、日常と非日常との「境界線」を観察している。
 「まちなかでいつも聞いている発車音楽などに踊りを当ててみると、そこに出くわした人たちはいつもと違う『異化作用』が起きるんです。それを検証することはおもしろいですね。新宿のホームで演じた時にはマイクで『はい、11番線に不審者。許可取ってますかー』と怒られました。でも吉祥寺はおとがめなしでした。5年前には存在もしていなかった吉祥寺シアターで公演することになり、記念にと、また横断歩道で『通りゃんせ』を踊りましたが、やはり何も言われませんでした。交番のスピーカーから聞こえた声は『そこの白いワゴン車、右折禁止!』でした。『そっちかよ』と(笑)」
 吉祥寺シアターでの演目が決まらず、館長にお願いして数時間客席に座らせてもらったとき、思いがけないおもしろい出来事が起こった。

◆客席から目撃した「無為」から「行為」への移行

内部は劇場の原点と言われる「ブラックボックス」
写真:川澄・小林研二写真事務所 浜田昌樹(写真提供:愛知)
「この劇場は、舞台後ろのバックヤードも開けて使えるようになっていて、仕切りを開ければ奥行きを広げられます。じーっと何もない舞台を眺めていたら、バックヤードに掃除のおばちゃんが歩いてきたんです。真ん中くらいまできたところで、客席に誰かいるということに気付いて、見られているということを急に意識したのだと思います。突然、ぎくしゃくして、それまで何気なく歩いてきた様子から劇的に変化したんです。これは良いものを見たと思いました。結局、パフォーマンスというのは、見られていることを意識して行動するかどうかだということに改めて気付きました。ぼくは行為と無為という言葉を使うのですが、掃除のおばちゃんは無為から行為に移行したわけです」
 設計を担当した佐藤尚巳さんは、「からくり空間」をコンセプトにしており、見えないところに回遊性などの仕掛けをいろいろとつくった。
 「ぼくは、回遊性と高低差が大好きなんです。吉祥寺シアターは、アーティストが自由に動き回れる回遊性はもちろん、舞台に3層のキャリースペースというのがあって、ここでも演ずることができます。極めつけは、バックヤードのさらに後ろの扉を開けて、外の空間も舞台に取り込むことができることです。演じる側にとっては本当にいろいろなことができて、使い勝手のいい劇場です」
 タイトルの『事情地域』は、吉祥寺のアナグラムでもある。個人、遠田さんのダンスユニット「まことクラヴ」などの吉祥寺に関する事情をモノローグと、ダンスで表現した。

「事情地域」のラストシーン。奥の扉を開けて外も使った
「最後の場面は、舞台後ろの扉を開けて、外の道路でタクシーに乗って去って行く設定にしました。毎回、上演中にタクシーに交渉をして仕込みました。タクシーはこの場面で無為から行為に移行し、パフォーマンスを演ずることになるわけです。外での表現行為にシフトしていた自分たちが内部空間で演じて、ラストで外に出て行く。『カムバック・サーモン!』のような節目の公演でした」

◆「自在に動けるからくり空間」 設計の佐藤尚巳さんに聞く


佐藤尚巳氏
設計した佐藤尚巳さんは、吉祥寺シアターが目指した空間を「東京・下北沢にある小劇場のように路地が待ち合いのロビーになっている劇場」だという。

周囲に溶け込むような劇場とは思えないデザイン(写真提供:武蔵野市)
「当初は外に通りを設けてそこをロビーにしようと考えましたが、夏の暑さや雨などの現実を考慮して、内部空間のロビー、ホワイエを幅4mの細い路地に見立てた空間にしました」
 そして、内外部ともに演者が自由自在に使える建築を目指した。外観は、アパートかと思われたというほど劇場の気配はしない。プロポーザルの提案の時から「建築家の存在を徹底的に消そうと思いました」と話す。
 内部は劇場の原点ともいえるブラックボックス。しかし、ただのブラックボックスではなく、演者が上下左右に動き回れる「からくり回廊」を壁面に巡らせた。これが演出家の創造力をかき立てる仕掛けとして、高く評価されている。幅が1.8mで、観客からはもちろん見えない。佐藤さんはプロポーザルで「からくり空間」という言葉を使った。
 「回廊を使って役者をいろいろなところから登場させるなど、おもしろい演出ができると思います。それと、舞台裏のバックヤードは通常はシャッターを下ろしているのですが、開けると奥舞台として使えます。さらにその先の壁も開けることができて、開けると同じレベルで外の道路にすぐ出られます。ここを使っての演出もできますね」
 内壁には地場産材の木毛セメント板を使い環境にも配慮。「この素材は自由に釘を打って良いし、再生建築のようにラフに見えるところが小劇場の雰囲気にも似ています」
 建物外壁には3層の「都市回廊」と呼ぶ奥行き2.5mのバルコニーを設けた。1階正面にはベンチと整然とした駐輪場、カフェも配置。
 「ストリート文化の吉祥寺に溶け込むような、まちの延長線上の建物ができたのではないかと思っています」

 (えんだ・まこと)東京都品川区出身。1995年、ダンスカンパニー「伊藤キム+輝く未来」の旗揚げから参加し、国内外の公演に数多く出演。2001年、世間のハザマにダンスその他を割り込ませる「まことクラヴ」を結成。劇場はもとより国立新美術館、金沢21世紀美術館、山口情報芸術センター(YCAM)といったアートスペース、市役所、商店街、電車内、空港に至るまで出没し、サイトスペシフィックな活動を展開する。代表作として「ニッポニア・ニッポン(04年)」「事情地域(05年)」「レレレ(09年)」「蜜室(12年)」などがある。
 05年、東京コンペ#2 ダンスバザール大賞受賞。06年、トヨタコレオグラフィーアワードオーディエンス賞受賞。07年、第1回日本ダンスフォーラム賞受賞。10年「あいちトリエンナーレ」に正式参加。11年「ヨコハマトリエンナーレ」PRキャラバン隊振付を担当。近年は自作と並行して演劇作品への振付やドラマトゥルクなども行う。地域創造公共ホール現代ダンス活性化支援事業登録アーティスト。
 16年1月22-24日、シアタートラム(東京都世田谷区)で新作公演を上演予定。凸型の舞台空間をどう使いこなすか--サイトスペシフィックな構想を膨らませているところだ。

【建物ファイル】
▽名称=吉祥寺シアター
▽発注者=武蔵野市(運営・武蔵野文化事業団)
▽所在地=東京都武蔵野市吉祥寺本町1-33-22
▽開館=2005年5月21日
▽構造・規模=RC造3階建て延べ1451㎡、客席数239席
▽建築設計=佐藤尚巳建築研究所
▽監理=武蔵野市、佐藤尚巳建築研究所
▽施工=建築・白石建設、電気・浅海電気、空調・織田ホーム機器、給排水衛生・五十嵐工業所
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