2015/07/05

【けんちくのチカラ】「平面で空間を制する」 アーティスト・流 麻二果さんと港区立麻布図書館

「平面で空間を制する」--。これは、色彩豊かな油彩画で知られるアーティストの流麻二果さんがここ数年、建築空間とのかかわりが強くなってから掲げているテーマだ。具体的には内部空間の色彩監修、建物の機能と共存する絵画制作などである。意図は、平面である絵画と空間とが影響し合って新しい空気や光を生み出せたらということだ。「絵画1枚でも、優れていれば空間は確実に新しいものに変わります」。
 昨年7月にオープンした東京の港区立麻布図書館は、全館のアートワークと色彩監修を任された。公共施設でこうした役割分担の発注は珍しい。その意味でも大きなチャレンジだった。「図書館の機能の中でアートを身近に感じていただいているようで、とてもうれしく思っています」

◆建物の機能の中でアート生かす


1階エントランスの壁画前で。左から古谷俊一さん(古谷デザイン建築設計事務所)、宮脇久恵さん(同)、流さん、小野田行雄さん(イリス・アソシエーツ)(撮影:鈴木拓也)

 港区立麻布図書館は、建物本体の設計を八千代エンジニヤリング、施工を東レ建設・菱重エステートJVが担当。流さんは、内部空間全フロアのアートワークと色彩監修を手がけた。アートワークディレクションのTOSHIO SHIMIZU ART OFFICE、デザイン監修の古谷デザイン建築設計事務所、エントランスアートワーク照明監修のイリス・アソシエーツとチームで取り組んだ。1階に子育て支援施設が入り、2階から5階までが図書館になる。
 ここ数年で建築空間へのかかわり方が強くなり、「図面をいつも抱えているような生活です」と笑って話す。麻布図書館でもパースや図面を見てコンセプトを考えた。
 「『重なる(Layers)』というコンセプトは、お話しをいただいて、すぐに思い浮かんできました。もともと、日本の色使いに興味があって、十二単(ひとえ)の色目の重なりが、紙の重なりである本につながりました。紙の重なりが本となり、本の重なりが図書館となり、知識が重なり、訪れる人の姿が重なり、時が重なる。それを絵画の中の色の重なりに込めています」

3階の正面。色彩コンセプトは『夏、杜若』(撮影:鈴木拓也)
季節を表していた十二単の色目をベースに各階の色彩を監修、作品を制作した。
 2階から5階まで、下から順に「春、紅梅匂」(青年期)、「夏、杜若(かきつばた)」(壮年期)、「秋、青紅葉」(熟年期)、「冬、色々」を各階の色とした。日本人が古来受け継いできた色彩に心が和まされる。1階エントランスにはこれらのイメージを合わせて「重なる」をテーマにした壁画を描いた。
 「各階の壁、床、本棚などを同じ色目で統一しています。それを基に、各階に1点ずつ油彩の作品を設置しました。1階エントランスの壁画は、ドアを挟んで、子育て支援施設『あっぴぃ麻布』までつながっていまして、ここではピースにした遊びのある壁画を設置しています」
 絵画1枚を飾ることで、その空間が影響を受けて、新しい空間にガラッと変わることを実感してきた。
 「麻布図書館は空間へのアプローチの最たるもの。実体験を通じて私がここ数年テーマにしているのは『平面で空間を制する』です。建築家の方や職人さんに時には疎まれるのですが、完成間近の慌ただしい中で作品を入れた時に、評価してもらえたときは本当にうれしいですね」

色彩プロデュース、作品制作した「ゆうあいの街」(盛岡市)
福島県の裏磐梯高原ホテル(設計・施工=竹中工務店)で2012年、ロビーや全室に約100点の作品を設置するという建築との密接なかかわりを契機に、建築空間へのアプローチが大小規模合わせて増えてきた。13年完成の盛岡市のサービス付き高齢者向け住宅「ゆうあいの街」(設計・施工同)では、全館のアートワークとして、色彩プロデュース、作品制作を手がけた。
 父親は著名な彫刻家の流政之さん。巨大なアトリエが身近にあったため、今のスケール感が養われたと言えるが、実は自分に影響を与えた環境がもう一つあった。それは生まれ育った香川県の丹下健三設計の香川県庁舎だ。
 「香川県庁舎の隣に私の通っていた小学校がありまして、遊び場が県庁のロビーでした。放課後はいつも県庁に居たんですよ(笑)。その時は丹下さんの作品とはもちろん知りませんでした。あまりにもいつも行っていたので、階段の手すりの棧の幅とかいすの高さ、クッションがずれていたことなど身体で覚えているんです。後になって丹下さんの作品と知り、今の建築とのかかわりもこの時とつながっているのかなと思います。とても幸運なことでした。アートと触れ合うことの大切さを改めて感じます」

◆「自宅の書斎に絵があるような」 麻布図書館館長・村井美紀さんに聞く

村井美紀館長
「図書館は老若男女、さまざまな方が繰り返し利用していただくところです。その日常性に流麻二果さんのアートがある。例えてみると自宅の書斎に絵があるというイメージかなと思っています」
 昨年7月1日の開館と同時に館長に就任した村井美紀さんはそう話す。村井さんは、指定管理者である図書館流通センターに所属する。
 図書館とは本や資料と人が出会う場所。流さんのアートワークと色彩監修は、その大切な図書館機能を妨げず、共存していると感じている。
 「現代アートが、美術館ではなく、図書館に来られる方の視界に何気なく入ってくるということですね。1階の子育て支援施設や2階の「こどものフロア」にはたくさんの子どもさんが来ます。小さいころからこうした環境に接することは大切なことだと思います」

壁面緑化や太陽光発電を取り入れた(撮影:鈴木拓也)
施設の特徴は(1)子育て支援(2)国際交流(3)環境配慮の3つ。子育て支援は、1階の子育て支援施設「あっぴぃ麻布」と連携したサービスのほか、子ども向けの「お話し会」やイベントを随時開いている。
 国際交流は図書館のある麻布が、さまざまな国の人が暮らす地域ということで、外国語資料を充実させている。「その意味では、流さんの使われている日本の色に触れることで、海外の方に日本の伝統を知ってもらう場にもなっているのでは」。環境配慮は、壁面緑化や太陽光発電の館内電力利用、書架や閲覧席への国産木材の利用などがある。
 季節や時事に合わせた講座や講演、ナイトシアター、ミニコンサートなどの催し物も充実している。国産材のいすなどを納入した企業の「1本の木から麻布図書館の椅子になるまで」という講座に参加した住民からは、「愛着がわき大事に使っていきたい」という声をもらったという。
 「利用される地域の皆さまには、うちの近くに良い図書館があるんだよ、と言っていただけるようになりたいと思っています。私からは流さんの素敵なアートもあるんですよとご案内します」

 (ながれ・まにか)香川県育ち。女子美術大学絵画科卒業。2002年文化庁新進芸術家在外研修員、04年ポーラ美術振興財団在外研修員としてアメリカやトルコで作品を発表。主な展覧会「饒舌な寡黙、寡黙な饒舌」Pola Museum Annex(06年)、「DOMANI・明日」国立新美術館(10年)、「可視線/Visible Edge」Yuka Tsuruno Gallery(13年)、「Line of Sight」Miyako Yoshinaga Gallery,NY(14年)など。
 近年は絵画と空間全体の色彩を監修するなど、絵画における空間の挑戦を続けている。アートに触れる機会の少ない子どもたちにアートを届ける非営利団体『一時画伯』発起人であり、東北を中心にワークショップを開催。今春には、資生堂グローバルブランド、アパレルブランドENFOLDにて、作品をプリントしたコラボレーションアイテムが登場した。建築、ファッション、ワークショップと、多岐にわたるコラボレーションを展開している。
 7月31日から銀座資生堂ギャラリーにて、3人展『絵画を抱きしめて Embracing for Painting』に出展予定。

◆建物ファイル

▽所在地=東京都港区六本木5-12-24
▽構造・規模=S・CFT(コンクリート充填鋼管)造5階建て延べ3005㎡
▽設計=八千代エンジニヤリング
▽施工=東レ建設・菱重エステートJV
▽アートワーク・色彩監修=流麻二果
▽アートワークディレクション=TOSHIO SHIMIZU ART OFFICE
▽デザイン監修=古谷デザイン建築設計事務所
▽エントランスアートワーク照明監修=イリス・アソシエーツ
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