海洋・港湾施設の金属腐食対策として普及する電気防食の装置を、マグネットで取り付ける「磁気吸着工法」に注目が集まりつつある。装置は1個当たり最大100㎞にも及ぶ。海上から浮きやクレーンで吊り下げられた装置を、ダイバーが設置個所まで運び取り付けるが、これまでは溶接作業が一般的だった。日本磁気吸着工法協会の伊川辰茂代表理事は「溶接時に鋼矢板が傷付かず、水中感電の恐れもない画期的な方法」と磁気吸着の優位性を強調する。写真は磁気吸着装置の設置状況
港湾・海洋構造物は海水により、金属部分が腐食しやすい。電気防食は鋼矢板に使われる鉄とその他の金属をつなげることで、イオン化傾向の高い金属(犠牲金属)の方が先に海水にイオンを奪われて摩耗し、鉄の腐食を防ぐことができる。その装置は一般的にアルミニウム合金が使われ、鉄に対して電位が高いことから、「AL合金陽極」と呼ばれている。
装置の取り付けは水中アーク溶接が中心だが、作業時における感電の危険性とともに、鋼矢板の表面を傷つける心配もあった。実際に釧路沖地震(1983年)や日本海中部地震(93年)では、背後の地盤が液状化して過大な圧力が押し寄せ、厚さ13mm以上の鋼矢板が溶接部分から破断した。
取り付け準備 |
トラックに積んで搬入する |
磁気吸着の場合は、溶接や孔開けなどの物理的な加工がない。鋼矢板が損傷せず、耐震強度も保てる。吸着強度については、協会が国立研究開発法人寒地土木研究所と連携し、北海道の斜里漁港で実験を行った。冬になるとオホーツク海の流氷が押し寄せ、その衝撃で装置がはがれ落ちる可能性を予想していたが、装置は微動だにしなかった。例年に比べ流氷の量は少なかったものの、「一定程度の強度の証明にはなった」と伊川代表理事は説明する。
たとえば装置重量が50㎏の場合、磁石の水平吸着力は250㎞と約5倍に設定しており、現在はサロマ湖漁港の電気防食設計に携わっている。設置条件が厳しい北海道各地の漁港で実証実験を拡大する方針だ。磁気吸着装置は、中心部のボルトを緩めることで先端が後退し、板面と磁石が密着する仕組みだ。再びボルトを締めれば先端が突き出し、板面と磁石にすき間ができて簡単に取り外すことができる。従来の溶接設置では、犠牲金属の摩耗の程度を調べる際、一度接着部分を切断し、陸上で海洋生物や藻(そう)類を洗浄して重量を測定する必要があった。磁気吸着方式であれば、簡単に取り外して犠牲金属の摩耗具合を調べることができる。
磁気吸着装置の基本構造 |
装置の交換時期は、設計時に取付場所の水の流れの早さなどから算出する。同じ港湾内でも、摩耗が早い場所と遅い場所が出ることもあるが「摩耗度が違うものは交換して使える」(同)。メンテナンス回数を平準化できることも磁気吸着装置の利点だ。
磁気吸着方式は、既に2つの電力会社の火力発電所内で10年前に実用化された。伊川代表理事は「こうした実績を地道に積み重ねながら、並行して講演や提案活動を続けていきたい」と話す。
協会は、電気防食技術を鋼製支柱にも広げる計画だ。それは照明灯が倒れ、子どもが指を切断する事故が起きたことから。これは支柱のコンクリート埋設部分と露出部分に大きな電位差が発生し、境界部分の電気イオンが奪われてリング状の腐食が進行した結果だった。既に亜鉛合金の陽極をつなげて腐食を防止する装置「ポールキーパー」を実用化しており、電気防食の技術を、幅広く世の中に生かす活動も始めた。 会員企業は以下のとおり。
事務局・辰美産業(愛媛県西条市)、ソフテム(東京都中央区)、CRTワールド(埼玉県新座市)、アイビス(札幌市)、川上磁石(東京都北区)、山崎塗装店(福井市)、両備商事(岡山市)、篠原合金鋳造所(岐阜県各務原市)、東洋防蝕工業(愛媛県今治市)、昭希(仙台市)。
建設通信新聞の見本紙をご希望の方はこちら
0 コメント :
コメントを投稿