20世紀の世界的潮流「モダニズム建築」を牽引したフランスの建築家ル・コルビュジエの作品17件がことし7月、一括してユネスコの世界遺産に登録された。この中には彼が唯一日本で手がけた「国立西洋美術館」(1959年)が含まれている。
著者の松隈洋さん(京都工芸繊維大学教授)=写真=は「国立西洋美術館が世界遺産の一つに選ばれたのは、コルビュジエと日本との双方向の深い交流が背景にあったからです。その一端をこの本で伝えられたらと思いました」と話す。
書名の『ル・コルビュジエから遠く離れて』は、出版社・みすず書房編集者の遠藤敏之さんの発案で、松隈さん自身その問いかけのような書名をとても気に入っている。
「日本人の3人の弟子、前川國男、坂倉準三、吉阪隆正がコルビュジエから遠く離れた日本で、コルビュジエから受け取った『種』を三者三様に花開かせていることの素晴らしさが書名の一つの意味だと思います。ぼくはもう一つ意味があると考えていて、それは、華やかなコルビュジエの作品群の背後に人目につかない長く苦しい孤独な闘いがあったことです。片目の失明や訴訟騒ぎ、事業の失敗など苦労の連続だったことは知られておらず、そのギャップも書名が問いかけているように思います。歴史は結果から見てはいけないのです」
双方向の交流はこう話す。
「コルビュジエは、美術学校で浮世絵の富士山のモチーフを見て日本に憧れをいだきました。だから前川國男ら日本の建築家を積極的に受け入れたのです。日本に来た時も、有名無名の建築や生活の中で育まれた造形に共感し、それを西洋美術館で形にしました。東大寺の大仏殿の木造の柱梁を模して、コンクリートの打ち放しで西洋美術館の円柱と梁を造形したのもそうです。そしてこの円柱の精緻な打ち放しの職人技にとても感心したと作品集に書いています。こうした深い交流が世界遺産登録の背景にあるのです」
鉄とガラスとコンクリートのモダニズム建築は、「長い建築史全体のわずか1%だが、私たちの時代の建築であり、それと向き合わなければならない」とも指摘する。
「モダニズム建築は、工業化社会においてより良い生活環境の実現を目指すという、時代の要請に対応した大切な使命を持っていました。ですからこの時代の建築を振り返ることで、今後の建築のあり方を問うことができると思います。東京文化会館のように愛される現役のモダニズム建築がなぜ『長生き』できるのか、その歴史を見ればわかります。そうした時間を『味方』につけて、大切なことを社会全体で共有したいですね」
■モダニズム建築の存在意義共有 みすず書房3600円+税
著者がこの10年ほどで執筆した論考が中心。ル・コルビュジエに師事した代表的な日本人建築家、前川國男、坂倉準三、吉阪隆正とさらにその弟子たちの「モダニズム建築」の軌跡を追うことで、コルビュジエが失敗と苦労の連続の中で、「いまを生きる人びとにとって希望となる空間の原型」(あとがき)を提示し続けた実像に迫る。モダニズム建築は、より良い生活環境の実現を目指して、鉄とガラスとコンクリートという新しい工業化材料を使ったが、その歴史は建築史全体のわずか1%に過ぎないという。それゆえに持続性などの難問も抱えるが、著者は先駆者たちの仕事に温かい眼差しを向け、モダニズム建築の存在意義が広く共有されることを期待する。
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