「北の大地」……。雪国以外の人々は、夏は涼しく爽やかで、冬は幻想的な雪景色を思い浮かべ、特に若いころには憧れを抱いた方も少なくないはずだ。しかしながら新千歳空港を降りると、冬の北海道らしい凛と冷えた空気に迎えられ、この地で雪と戦い共存している人々の厳しさを空の玄関口で感じた。今回訪ねたのは札幌圏の国道・市道の維持除雪工事の現場である。
言うまでもなく、札幌市は北海道の経済、行政の中心地であるとともに、北海道全体の35%に相当する約190万人が居住している生活の中心地でもある。同緯度にある世界都市の中で最大の人口を抱える、この大都市の年間降雪量は5mを超え、冬季の社会経済活動を支えるために道路交通確保は必要不可欠だ。今回は人知れず雪と戦い、札幌都市圏の機能を下支えする男たちを取材した。
◆雪と戦う男たち
この札幌圏の除雪事業に取り組んでいるのが、一二三北路である。同社の熊谷一男社長と、親会社である砂子組の砂子邦弘社長はともに「三方良し」の社会資本整備を最初から実践してきた実直で熱意あふれる建設人である。
国道除雪は、北海道開発局札幌開発建設部札幌道路事務所が管理する9国道272㎞のうち125㎞を担当している。同事務所の熊谷正行所長、佐藤修副所長の話を伺うことができた。冬場特に基幹道路である国管理国道は、一時の途絶も許されない社会状況であり、5カ所の除雪ステーション、87台の主力除雪機械を配備している。2人からは、除雪の仕事は特に役所と地元建設事業者のパートナーシップが一番大事との話を伺い、頼もしく感じた。
除排雪業務従事者の1日は、午後6時から降雪と路面状況の情報収集とパトロール、午後10時から業務前打ち合わせ、午前0時から除排雪業務、午前6時に点検、終了というのが大まかな流れだ。住民が休む夜間に出動し、都市機能が動き出す朝までには除排雪を完了させる。寒い時にはマイナス20度にもなるという。
今回の取材で最も印象的だったのは、過酷ともいえる環境下にあって、市道を担当する及川哲也次長、国道を担当する石原敬規課長を始めとする一二三北路の社員の方々が皆口をそろえて「この時期は仕事で普通の生活はできないが、住民の生活を守る除雪の仕事はやりがいがある」と力強く言っていたことだ。道路を守る、交通を守る、都市機能を守る、何より地域を守るという想い。これこそが地域の建設業の原点であるように感じた。
朝になれば、何事もなかったかのように1日が始まる。しかし、これは当たり前のことではない。名も知れぬ雪と戦う人々が担う除雪業務がなかったら1日が始まらないのだ。東京の夜でも翌朝の生活を支えるため、多くの建設の仲間が人知れず社会資本の点検などに汗を流している。しかし、雪国の冬の除雪ほど過酷な条件はなかなかないであろう。
◆除排雪業務の抱える課題
国道の除排雪業務の手順を石原課長が丁寧に語ってくれた。驚くことに説明用のパワーポイントがスタートすると力強いBGMが流れ、最初の画面には、筆者が国土交通省技監時代に一二三北路の若手社員の坂下淳一課長、多田真工事長と執務室で撮影した写真が映し出された。聞けばこの日のために社員の方々が自ら作成したとのこと。砂子組も含めた両社の方々の温かな心遣いに心から感激した。
除排雪業務の工程は、(1)除雪トラックで降り積もった車道の雪を道路脇に寄せる(2)除雪グレーダーで踏み固められて凸凹になった路面を削り車道を平坦にする(3)ロータリ除雪車で道路脇の雪を路肩に積み上げる(4)ダンプトラックで積み上げられた雪を雪堆積場などに運ぶ(5)凍結防止剤を専用車で散布する(6)小型除雪車または人力で歩道の雪を車道側に寄せる--という流れで、この工程を人員45人、機械24台でこなしている。
除雪ではさまざまな除雪車・重機が活躍している。ただ、その操作を担う熟練オペレーターの不足が大きな課題となっている。聞けば夏は農業、冬は重機運転に従事する人が多く、近年は特に若年層の入職が少ないとのこと。もう1つの課題は重機の老朽化だ。さらに高出力の2人乗りグレーダーの製造が中止され、新しい機種は従来型より出力が低く、1人乗りだ。オペレーターの技術伝承がより困難な状況になってきた。
この課題解決のため、一二三北路は、寒地土木研究所と共同で重機の車両特性の研究を実施し、社員の習熟度向上を目指すなど、独自の取り組みを行っている。
また、沿道に設置している車両スリップ防止のための砂箱にパイロットランプを付け、「空」「充」の区別を、パトロール車内から目視で判断できる装置を自ら開発した。このような一つひとつの工夫を積み重ねている姿勢にも、日ごろの志の高さがうかがえる。
一方、札幌市内の生活道路除雪では、町内会と除雪事業者、市が協力し、『地域と創る冬みち事業』として、地域の実情にあった工夫を進めている。一二三北路は、市内5400㎞の市道のうち350㎞を10社JVで担当し、除雪機械61台、人員74人で除雪を進めている。
一番の苦労を尋ねると、悲しげな表情で及川次長は「住民からの苦情」とこぼした。苦情は多い時で1シーズン1500件近くに上り、3回線ある電話が鳴りやまないような状況が続く。国道除雪では苦情は主に国の事務所が受けるが、札幌市の場合、苦情受付から処理まで除雪事業者が対応している。
除雪で自宅前に置かれた雪が他の家と比べて多いとする苦情が多いと聞いた。やむを得ず緊急的に対応する場合もあるとのこと。一つひとつこれらにも丁寧に対処している姿勢には頭の下がる思いであった。
過去に除雪事業では、待機費を適切に積算しないなどといった時期もあった。近年は改善されたとはいえ、国直轄事業が中心で、地方自治体の除雪事業には依然として建設業者にとって厳しいものが多々見受けられる。苦情対応も含めて実情にあった積算はもとより、苦労に見合った利益が得られる対応が急務といえる。
【再び注目浴びる石炭】
◆炭鉱採掘現場視察
翌日は、砂子組の砂子炭鉱で石炭の露天掘り現場を訪ねた。東日本大震災の福島第一原発事故以来、火力発電所は稼働率100%で動いており、エネルギー源として石炭が再び注目を浴びている。資源不足といわれるわが国でも、石炭はまだまだ豊富に埋蔵されていると見られている。
砂子炭鉱の開発面積は132ha。国有林部分と道有林部分とを含み、東京ドーム約28個分の広大な土地である。採掘対象は8層に分かれ、地層内に5つの断層が走っている。採掘時に掘り出した土は、採掘完了した層の埋戻しに再利用しており、植生喪失防止、自然保護の観点から、土地は最終的には緑化、原状復帰してから、国と道に返却している。
世界の大規模な露天掘りでは、今やダンプトラックなど重機の自動化は当たり前の技術になりつつある。今回の現場でも、情報化施工を推し進めることで、より効率的な現場管理が実現できるのではないかと期待している。
また、近年は観光と産業とを結び付ける「産業観光」という新しい考え方が生まれている。これほどのスケールの現場であれば、市や観光会社と連携した新しいビジネスモデルを考え出せるのではないか。多種多様な人が現場を訪れることで、地域の活性化はもとより新たなイノベーションが生まれることも期待できる。
【ひとこと 「一灯照隅、万灯照国」】
北海道の冬は雪との戦いが避けられない。除雪事業の従事者の過酷な仕事ぶりの一端に触れることができた。強く感じたのは、地域のために働いていて報われないのでは、誰もやりたがらない、ということである。志が高く熱意あふれる人々が頑張っている間に、地域良し、発注者良し、事業者良しの「三方良し」を除雪の世界でも早急に実現することが喫緊の課題だと心に強く刻みこんだ。お世話になった一二三北路、砂子組の方々に筆者の好きな言葉をエールを込めて送る。「一灯照隅、万灯照国」。頑張ってください。
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言うまでもなく、札幌市は北海道の経済、行政の中心地であるとともに、北海道全体の35%に相当する約190万人が居住している生活の中心地でもある。同緯度にある世界都市の中で最大の人口を抱える、この大都市の年間降雪量は5mを超え、冬季の社会経済活動を支えるために道路交通確保は必要不可欠だ。今回は人知れず雪と戦い、札幌都市圏の機能を下支えする男たちを取材した。
◆雪と戦う男たち
この札幌圏の除雪事業に取り組んでいるのが、一二三北路である。同社の熊谷一男社長と、親会社である砂子組の砂子邦弘社長はともに「三方良し」の社会資本整備を最初から実践してきた実直で熱意あふれる建設人である。
慎重に薦められる市道の除雪 |
除排雪業務従事者の1日は、午後6時から降雪と路面状況の情報収集とパトロール、午後10時から業務前打ち合わせ、午前0時から除排雪業務、午前6時に点検、終了というのが大まかな流れだ。住民が休む夜間に出動し、都市機能が動き出す朝までには除排雪を完了させる。寒い時にはマイナス20度にもなるという。
及川哲也次長 |
石原敬規課長 |
◆除排雪業務の抱える課題
国道の除排雪業務の手順を石原課長が丁寧に語ってくれた。驚くことに説明用のパワーポイントがスタートすると力強いBGMが流れ、最初の画面には、筆者が国土交通省技監時代に一二三北路の若手社員の坂下淳一課長、多田真工事長と執務室で撮影した写真が映し出された。聞けばこの日のために社員の方々が自ら作成したとのこと。砂子組も含めた両社の方々の温かな心遣いに心から感激した。
除排雪業務の工程は、(1)除雪トラックで降り積もった車道の雪を道路脇に寄せる(2)除雪グレーダーで踏み固められて凸凹になった路面を削り車道を平坦にする(3)ロータリ除雪車で道路脇の雪を路肩に積み上げる(4)ダンプトラックで積み上げられた雪を雪堆積場などに運ぶ(5)凍結防止剤を専用車で散布する(6)小型除雪車または人力で歩道の雪を車道側に寄せる--という流れで、この工程を人員45人、機械24台でこなしている。
除雪ではさまざまな除雪車・重機が活躍している。ただ、その操作を担う熟練オペレーターの不足が大きな課題となっている。聞けば夏は農業、冬は重機運転に従事する人が多く、近年は特に若年層の入職が少ないとのこと。もう1つの課題は重機の老朽化だ。さらに高出力の2人乗りグレーダーの製造が中止され、新しい機種は従来型より出力が低く、1人乗りだ。オペレーターの技術伝承がより困難な状況になってきた。
この課題解決のため、一二三北路は、寒地土木研究所と共同で重機の車両特性の研究を実施し、社員の習熟度向上を目指すなど、独自の取り組みを行っている。
また、沿道に設置している車両スリップ防止のための砂箱にパイロットランプを付け、「空」「充」の区別を、パトロール車内から目視で判断できる装置を自ら開発した。このような一つひとつの工夫を積み重ねている姿勢にも、日ごろの志の高さがうかがえる。
一方、札幌市内の生活道路除雪では、町内会と除雪事業者、市が協力し、『地域と創る冬みち事業』として、地域の実情にあった工夫を進めている。一二三北路は、市内5400㎞の市道のうち350㎞を10社JVで担当し、除雪機械61台、人員74人で除雪を進めている。
一番の苦労を尋ねると、悲しげな表情で及川次長は「住民からの苦情」とこぼした。苦情は多い時で1シーズン1500件近くに上り、3回線ある電話が鳴りやまないような状況が続く。国道除雪では苦情は主に国の事務所が受けるが、札幌市の場合、苦情受付から処理まで除雪事業者が対応している。
除雪で自宅前に置かれた雪が他の家と比べて多いとする苦情が多いと聞いた。やむを得ず緊急的に対応する場合もあるとのこと。一つひとつこれらにも丁寧に対処している姿勢には頭の下がる思いであった。
住民生活を守るプロ集団の方々 |
【再び注目浴びる石炭】
吹雪の中、採掘作業が進む |
翌日は、砂子組の砂子炭鉱で石炭の露天掘り現場を訪ねた。東日本大震災の福島第一原発事故以来、火力発電所は稼働率100%で動いており、エネルギー源として石炭が再び注目を浴びている。資源不足といわれるわが国でも、石炭はまだまだ豊富に埋蔵されていると見られている。
砂子炭鉱の開発面積は132ha。国有林部分と道有林部分とを含み、東京ドーム約28個分の広大な土地である。採掘対象は8層に分かれ、地層内に5つの断層が走っている。採掘時に掘り出した土は、採掘完了した層の埋戻しに再利用しており、植生喪失防止、自然保護の観点から、土地は最終的には緑化、原状復帰してから、国と道に返却している。
世界の大規模な露天掘りでは、今やダンプトラックなど重機の自動化は当たり前の技術になりつつある。今回の現場でも、情報化施工を推し進めることで、より効率的な現場管理が実現できるのではないかと期待している。
巨大重機の前で記念撮影 |
【ひとこと 「一灯照隅、万灯照国」】
北海道の冬は雪との戦いが避けられない。除雪事業の従事者の過酷な仕事ぶりの一端に触れることができた。強く感じたのは、地域のために働いていて報われないのでは、誰もやりたがらない、ということである。志が高く熱意あふれる人々が頑張っている間に、地域良し、発注者良し、事業者良しの「三方良し」を除雪の世界でも早急に実現することが喫緊の課題だと心に強く刻みこんだ。お世話になった一二三北路、砂子組の方々に筆者の好きな言葉をエールを込めて送る。「一灯照隅、万灯照国」。頑張ってください。
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