2016/10/02

【著者に聞く】河川技術者の目が伝える治水・利水・地域の歴史研究 『利根川近現代史』松浦茂樹さん


 「人生2期作ととらえ、本書は第2期作の卒業論文」と位置付けた意欲作だ。
 500ページ近い大部であり、地形図など図面をふんだんに用いたため、「地理が専門の古今書院から出版できたことに大いに満足している」と上梓の感想を語る。

 本書は利根川で行われてきた治水・利水事業を取り上げ、河川を中心にして「近代以降の国土づくりの歴史」を明らかにし、評価・検証した。
 「私にとって、落ち着く時間は河川の現場を歩いているとき。河川には独特の匂いがある。その匂いがたまらなく好きだ」(あとがき)が原風景にある。
 荒川が近い埼玉県熊谷市出身で、東大の修士論文は荒川を課題にした。
 1973年建設省(現国土交通省)入省。河川技術者として工事事務所などの現場や土木研究所、国土庁、本省などに26年間勤務。とくに淀川ダム統合管理事務所長時代と土研都市河川研究室長時代が思い出深いという。前者では「出水時、ダムをどう操作するか。危機に面したときリーダーはどう立ち向かうか」を体現し、後者では「日本で初めて本格的な河川環境研究に取り組んだ」貴重な経験を積んだ。89年に『国土の開発と河川』を出版している。





 99年度から東洋大学に転じた。「文系で教える河川技術者という立ち位置が気に入った」という国際地域学部で、「地域社会と河川の歴史」を研究テーマに掲げた。以来、「現場実務を知る一人の河川技術者・研究者として、社会に発信していく」を実践し続けた。文系に所属してみて「洪水と洪水氾濫を同じ意味に理解している人が結構いる」ことに気付いた。「河川工学でたとえ常識のことでも、正しい理解のための丁寧な説明が欠かせない」ことを学んだ。

 大学勤務翌年の2000年、「1期作の卒業論文」の『戦前の国土整備政策』を刊行。大正から昭和戦前までの国土整備についてまとめたもので、「奥利根河川統制計画」についてを詳述している。
 本書で「八ッ場ダムに対する私の意見は、治水には必要ではなく、21世紀となった今日、新たな目的(環境用水)を加味して利水専用に使用しよう」との立場を表明。昨年9月の鬼怒川決壊については「昼間に決壊が生じ死者まで出したことに釈然としない思いをもっている。(中略)違和感をもったのは、決壊を防ぐ水防活動が行われていなかったこと」と疑問を呈している。
 すでに第3期作も視野にある。国土史のテーマと、「インフラ整備の専門家として、新たな視点での日本史理解」だそうである。

◆地域社会と河川の歴史を丹念に検証

 鬼怒川水害から1年。近代以降の利根川をめぐるさまざまな計画とその背景、課題を検証。利根川東遷、明治改修、足尾鉱毒事件、中条堤改修、河川舟運、八ッ場ダム問題、東京への水供給などを詳解している。利根川の治水・利水事業は、その時々の時代の要請に応えようと努力されたものであり、いかに「国づくりの歴史」を刻んだかを描いている。戦国末期から近世初期にかけての利根川東遷を附章に掲げた。巻末に用語解説を付けており、専門用語、とくに河川工学の用語を中心に整理している。
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