「(これまで)建築という枠を壊す挑戦をしてきたが、これほど激しく壊す機会はそうないと思っている」。建築家の伊東豊雄氏が台湾の台中市で設計したオペラハウス「台中国家歌劇院」が9月30日に正式にオープンした。設計開始から完成まで11年の歳月を要したこれまでにない長期プロジェクトであり、伊東氏自身「このような建築が完成したことが自分でも不思議に思っている」と語る。同日に開かれた式典には台湾の陳建仁副総統や台中市の林佳龍市長らも出席。陳副総統は「日本の協力でとてもすばらしい建築が完成したことを感謝している」と伊東氏を労った。写真は台中国家歌劇院全景(C)National Taichung Theater
「台中国家歌劇院」は劇場・店舗・レストラン・公園などの機能を持つ文化複合施設だ。継ぎ目のない3次元曲面の構造体が大きな特徴となっている。洞窟のように床・壁・天井の区別をなくすことで、どこからか光や音がやってくる独特の空間的な広がりを実現した。また、劇場部分を2014席の大劇場「グランド・シアター」、800席の中劇場「プレイ・ハウス」、野外劇場と連続する小劇場「ブラック・ボックス」の3つで構成するとともに、劇場ごとにテーマとなる色を決めることで、それぞれ異なる空間体験を生み出した。
陳建仁副総統(左)と談笑する伊東氏 |
同施設は台中市が文化活動の中心拠点として位置付けているほか、周辺地区開発の起爆剤としても期待が集まっている。同施設の芸術総監督を務める王文儀氏は「芸術と新しいライフスタイルのための劇場であり、台中市の文化振興に大きく貢献する」と意気込みを語る。
◆施工者選定が難航
ただ、計画から完成までには一筋縄ではいかなかった。施工の難しさなどから施工者選定が難航し、設計終了から1年半後にようやく施工者を決定したほか、計画途中で市長が交代するなど多くの課題に直面した。伊東氏も「建築はいろいろな環境や人々との出会いによって育っていくものだが、こんな建築はもう設計できないだろう」と振り返る。
市民を招いたイベント(C)National Taichung Theater |
設計で重視したのは「(建築の)内と外の境界をどう壊すか」だ。大きな特徴となっている洞窟のようなデザインも、外壁がそのまま内壁となり、内壁もまた外壁へと連続する「外側」がない建築を考えた結果だという。この建築にかかわる境界を破壊しようとする意識は、「ボーダーレス化する情報社会にふさわしい、壁も境界もない劇場」(王氏)として結実した。オープンに先だって劇場の内外でコンサートや舞踊といったイベントがこれまで数多く開かれ、多くの市民でにぎわった。
こうした状況に対し王氏は「パブリックスペースが多く、多くの人々が訪れている。外部との隔たりがなく、人々の生活と密接に接続していることが重要な意味を持つ」と語ったほか、伊東氏は「劇場だけでなく、利用者がさまざまな場所を発見してそこでいろいろな活動を起こしてほしい。そして市民がそれを見て、ここを訪れるのを楽しみにしてくれることが最大の願いだ」と設計に掛けた思いを語った。
◆舞台構成を担当
伊東氏が手掛けた舞台構成 |
10月1日には、伊東氏が舞台構成を担当した舞踊『La Mode』が中劇場のこけら落とし公演として催された。テキスタイルデザイナーの安東陽子氏と協力して制作した舞台芸術も「台中国家歌劇院」と同様に内と外とを曖昧(あいまい)にする有機的なデザインとなった。境界を踏み越えながら、「布を活用し、大きな衣服にも生き物にも見えるもの」(伊東氏)を目指したという。演出を担当したアーティストの向井山朋子氏はこの舞台構成に対して、「胎内に回帰するような懐かしい空間を感じた」と評する。
同公演は8-10日にかけて、東京都港区のスパイラルホールでも開かれる。
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