2016/10/02

【新居千秋】建築家の社会的責任抱き「そのまちのワン・アンド・オンリー」つくる


 建築家の新居千秋氏(新居千秋都市建築設計代表)が、『新潟市秋葉区文化会館』=写真=で第29回村野藤吾賞を受賞した。地域の文化を育む「文化の里山」をコンセプトに、496席のホールを中心としたこの施設は、ワークショップですくい上げた市民の思いをコンピュテーショナルな設計手法によって洗練されたかたちに収れんし、その内部空間は村野藤吾の日生劇場に通じるエネルギーを感じさせるものがあるとして高く評価された。新居氏に受賞に対する思いとこれからの設計活動について聞いた。

 小学校のころから建築家になりたかったという、新居氏の最初の鮮烈な建築体験は前川國男の東京文化会館であり、丹下健三の国立代々木競技場にも衝撃を受けたと語る。そして高校時代に「入り浸っていた」のが日生劇場だった。その時に見て感じた空間の雰囲気やテイストは、その後の設計活動の「源泉」の1つとなっている。
 「日生劇場は世界の中でも好きな劇場の1つ。いまも年に何回も行く」というだけに、今回の選定に当たっての評価には相好を崩す。村野の著書である『様式の上にあれ』も好きで「何回も読んでいる」とも。定式化され繰り返されるという意味での様式化への批判は「日本にはいまジェネリックな建築しかない」という危機感にも直結する。「構造の考え方にしてもセシル・バルモンドあたりからより植物に近づいている。日本は緻密な技術でものをつくるという点で実は世界から著しく遅れているのではないか」と。





 「日本は昔あったものを繰り返し造ったり、そういうものの組み合わせをつくる、まさにジェネリックの王様だけど、世界の傾向は品質の高い一品生産の建物をどれだけ安く造るかということにある。このままでは日本は世界の孤児になる」
 こうした思いが「そのまちのワン・アンド・オンリーという、その場所にしかないもの」をつくろうという原動力になっている。
 石工の手仕事によるコンクリート小叩き面が繊細な陰影とともに印象的な劇場空間をつくり出す。里山の洞窟に着想を得たという受賞作品のホール内部は、3次元モデルによる音響解析を繰り返して整形された形状のコンクリート構造体がそのまま仕上げとなり、他に例を見ない大きな比重の音響反射面として、この場所だけの低音域を響かせる。
 微妙な壁の角度によって変化する音響に対し、完成後に修正がきかない材料によってホールをつくることができたのは、「永田音響設計と僕らで丹念な3次元モデリングと連動した音響シミュレーションによる音の可視化をやってすべての角度を決めていった」からだ。
 「たぶん3次元については日本でも一番強い」と自負するとおり、大船渡市民文化会館・市民図書館以降、最先端の3次元CAD技術と模型によって意匠的なスタディーだけでなく、構造計算や型枠、鉄骨、サッシュなどの施工図作成、鉄骨建方などの仮設計画や工事監理のコミュニケーションにも一貫したデータを用いてきた。それがワークショップを通して市民からのさまざまな要求を吸収し平面形状の修正を重ねていく設計スタイルも支えている。
 これまで設計した建物は72を数える。その半分は公共建築で、すべてコンペやプロポーザルで勝ち取った。手掛けた14の劇場はいずれも高い稼働率を誇るが、「公共建築の設計者選定では評価されることがない」とも。
 いまアパグループの超高層ホテルにも取り組んでいるが、「その建物が置かれたら回りが良くなる場所をつくりたい」という。「建築家のソーシャル・レスポンシビリティ(社会的責任)」がその根本のスタンスとしてある。
建設通信新聞の見本紙をご希望の方はこちら

Related Posts:

  • 【新国立競技場】経費試算は3000億!  「縮小の検討が必要」下村文科相 下村博文文部科学相は23日の参院予算委員会で、新国立競技場について、「デザインコンクールで最優秀作品となったザハ・ハディド氏のデザインを忠実に実現する形での経費試算は、約3000億円に達する」ことを明らかにし、「あまりにも膨大な予算がかかりすぎるので縮小する方向で検討する必要がある」との考えを示した。また、「デザインそのものは生かす。競技場の規模はIOC(国際オリンピック委員会)基準に合わせる。周辺については縮小する方向で考えたい」とした。最… Read More
  • 【新国立競技場】士会連合会が見直し要望書を提出へ 三井所会長が表明 第1回全国ヘリテージマネージャー大会であいさつした三井所清典日本建築士会連合会会長は、「18日の理事会・全国士会会長会議で、国立競技場建て替えの問題では、計画を見直してもらい、もう一度ザハ・ハディドさんに設計しなおしてもらう要望書を出すことを承認してもらった」とし、神宮外苑地区で計画されている現行の国立競技場の建て替えプランをめぐり建築界から疑義が示されていることを受け、士会連合会としても見直しを求めていくことを機関決定したことを明らかにした… Read More
  • 【建築】JIA東北 建築学生賞 最優秀に東北工大の佐々木さん 最優秀の『丘のある小学校』 日本建築家協会東北支部(JIA東北、渡邉宏支部長)は18日、仙台市青葉区のせんだいメディアテークで第17回JIA東北建築学生賞の公開審査を開き、応募があった13校15学科37作品の中から、佐々木優さん(東北工大3年)の『丘のある小学校』を最優秀賞に決めた。優秀賞には樋口卓史さん(日大4年)の「都市の茶の間-集落的建築群」と藤木綾子さん(宮城学院女子大4年)の「heartful海を臨む丘の上のホスピス」が選ばれた。… Read More
  • 【建築】表参道ジャイルで「建築家にならなかった建築家」展 アートプロジェクトを手掛けるライゾマティクス(東京都港区、齋藤精一社長)は「建築家にならなかった建築家たち」展を23日から渋谷区の表参道ジャイル(GYRE)のEYE OF GYRE内で開いている。大学や大学院で建築を学びながらも、広告やアートの分野で活躍するクリエイターの作品を展示している。 会場ではイタリア・ローマ大学で建築デザインを学んだ広告ディレクターの志伯健太氏、慶大SFC研究所坂茂研究室に所属した工芸ギャラリストの伊藤達信氏らが手掛… Read More
  • 【実大実験】木造3階建て校舎を燃やす 耐火性と建築基準を研究 木造3階建ての学校の耐火性を検証するため、国土交通省国土技術政策総合研究所は20日、岐阜県下呂市の山中に校舎を模した建物を建て、実際に燃やす実験を行った=写真。 国内の林業支援のため、国は木造の公共建築物を積極的に造る方針だが、耐火性の問題から現行法では木造3階建て校舎は建設できず、国交省が燃えにくい構造を研究している。 昨年2月の実験では、すべて木造の建物は点火から約6分で3階まで延焼し、最終的に倒壊した。窓の上にひさしを作り、壁などに不燃… Read More

0 コメント :

コメントを投稿