建築家の新居千秋氏(新居千秋都市建築設計代表)が、『新潟市秋葉区文化会館』=写真=で第29回村野藤吾賞を受賞した。地域の文化を育む「文化の里山」をコンセプトに、496席のホールを中心としたこの施設は、ワークショップですくい上げた市民の思いをコンピュテーショナルな設計手法によって洗練されたかたちに収れんし、その内部空間は村野藤吾の日生劇場に通じるエネルギーを感じさせるものがあるとして高く評価された。新居氏に受賞に対する思いとこれからの設計活動について聞いた。
小学校のころから建築家になりたかったという、新居氏の最初の鮮烈な建築体験は前川國男の東京文化会館であり、丹下健三の国立代々木競技場にも衝撃を受けたと語る。そして高校時代に「入り浸っていた」のが日生劇場だった。その時に見て感じた空間の雰囲気やテイストは、その後の設計活動の「源泉」の1つとなっている。
「日生劇場は世界の中でも好きな劇場の1つ。いまも年に何回も行く」というだけに、今回の選定に当たっての評価には相好を崩す。村野の著書である『様式の上にあれ』も好きで「何回も読んでいる」とも。定式化され繰り返されるという意味での様式化への批判は「日本にはいまジェネリックな建築しかない」という危機感にも直結する。「構造の考え方にしてもセシル・バルモンドあたりからより植物に近づいている。日本は緻密な技術でものをつくるという点で実は世界から著しく遅れているのではないか」と。
「日本は昔あったものを繰り返し造ったり、そういうものの組み合わせをつくる、まさにジェネリックの王様だけど、世界の傾向は品質の高い一品生産の建物をどれだけ安く造るかということにある。このままでは日本は世界の孤児になる」
こうした思いが「そのまちのワン・アンド・オンリーという、その場所にしかないもの」をつくろうという原動力になっている。
石工の手仕事によるコンクリート小叩き面が繊細な陰影とともに印象的な劇場空間をつくり出す。里山の洞窟に着想を得たという受賞作品のホール内部は、3次元モデルによる音響解析を繰り返して整形された形状のコンクリート構造体がそのまま仕上げとなり、他に例を見ない大きな比重の音響反射面として、この場所だけの低音域を響かせる。
微妙な壁の角度によって変化する音響に対し、完成後に修正がきかない材料によってホールをつくることができたのは、「永田音響設計と僕らで丹念な3次元モデリングと連動した音響シミュレーションによる音の可視化をやってすべての角度を決めていった」からだ。
「たぶん3次元については日本でも一番強い」と自負するとおり、大船渡市民文化会館・市民図書館以降、最先端の3次元CAD技術と模型によって意匠的なスタディーだけでなく、構造計算や型枠、鉄骨、サッシュなどの施工図作成、鉄骨建方などの仮設計画や工事監理のコミュニケーションにも一貫したデータを用いてきた。それがワークショップを通して市民からのさまざまな要求を吸収し平面形状の修正を重ねていく設計スタイルも支えている。
これまで設計した建物は72を数える。その半分は公共建築で、すべてコンペやプロポーザルで勝ち取った。手掛けた14の劇場はいずれも高い稼働率を誇るが、「公共建築の設計者選定では評価されることがない」とも。
いまアパグループの超高層ホテルにも取り組んでいるが、「その建物が置かれたら回りが良くなる場所をつくりたい」という。「建築家のソーシャル・レスポンシビリティ(社会的責任)」がその根本のスタンスとしてある。
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