「クロヨンが遺(のこ)したのは“志の連鎖”」。熊谷組の大田弘相談役は、全国民生委員児童委員連合会などが10月に富山市で開いた全国大会に講師として招かれ、黒部ダムの関電トンネル建設現場をテーマに講演した。壇上でスポットライトを浴びた大田氏は、身ぶり手ぶりとジョークを交えながら現場のドラマチックな人間模様を解説し、聴衆を沸かせた。
大田氏は、同トンネルの施工現場を舞台とした映画『黒部の太陽』に触れ、「多くの人がこの映画の影響を受けた。富山・宇奈月出身の私も、この映画の影響で土木の世界を志した1人だ」と話した。
講演では、現場に携わった2人のリーダーにスポットを当てた。1人は工事を発注した関西電力の初代社長である太田垣士郎氏、もう1人は現場の最前線で破砕帯と向き合った笹島信義氏だ。
太田垣氏は、社員の制止を振り切って難航を極めるトンネル坑内を視察。「トンネルの奥で危険な作業をさせている会社の責任者がそこに行けないのはどういうことか」と話し、現場で働く作業員らに感動を与えたという。後日、太田垣氏は熊谷組笹島班の班長である笹島氏にはがきを送って激励した。これが作業員らの意地に火を付けた。
作業員1500人を束ねた笹島氏は、「心配するな。水は必ず減る。破砕帯は突破できる」「冬になれば山は凍る。信じてついて来い」と呼び掛け続け、作業員の士気を保ち続けた。笹島氏のリーダー論は、「怒鳴ってもだめ、甘やかしてもだめ、惚れさせることが大事」だ。
大田弘 熊谷組相談役 |
一方、大田氏が10年ほど前に帰郷した際、地元の老女が「クロヨンはわたしが造ったようなもの」と話し掛けてきたという。当時、現場で調理を担当していたこの女性は、「わたしは作業員らの元気の源を作った。わたしがいなければクロヨンはできなかった」。この話を聞いた大田氏は「語り継がれるヒーローはごく一部だが、多くの無名の人々それぞれの誇り、それぞれのクロヨンがあったからこそ、世紀の偉業を成し遂げることができた」と痛感した。
クロヨンが遺したものは、経済発展という「金」、土木技術に支えられたクロヨンという「物」に加え「もっともすごいことは“志の連鎖”という『人』だ」と大田氏は訴えた。「籠に乗る人、担ぐ人。そのまた草鞋(わらじ)を作る人」ということわざを持ち出し、「どこかに置き去りにしてきた『おかげさまの精神』を取り戻す必要がある」と締めくくった。
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